星降る☆ビアガーデン｜リアクション

星降る☆ビアガーデン

　　　１

「これは……これはぁ……」
　鏡で己の姿を見た月原想花は、げんなりとしたため息をついた。
「似合わない……全然、似合わない……」
　ここはヨットハーバー『イソラ・ガレッジャンテ』に開かれた『星ヶ丘ビアテラス』。
　埠頭に特設されたテラス席から、寝子島の透きとおる海や星ヶ丘の美しい街並みを眺めることのできる、特別なビアガーデンだ。
　想花がここにいるわけは、もちろん客として――ではない。
　この夏、実家に帰らないと決めた想花は、今後のことも考えて、バイトをいくつか入れていた。
『星ヶ丘ビアテラス』の日給は二万円。申込者が殺到したそうだが、運良く想花は採用された。海の家でのバイト経験が効いたのかもしれない。いや、効きすぎた。
　一般エリアでの給仕を希望したにも関わらず、
「接客経験があるならぜひＶＩＰ席で。お給料も少し上乗せします」
という言葉に、想花は二つ返事で頷いていた。
　だが承知した後で、ＶＩＰ席担当の給仕は、メイド服か執事服着用と知った。もちろん募集要項には書いてあったのだが、そもそも一般エリアのつもりだったので、該当部分を読んでいなかったのだ。
「今更、断れ……ないよねえ……？」
　想花は姿見を抱きかかえるようにして、はあ～っと一際大きなため息をつくのだった。

　まだ始まってもいないのに、朝礼が終わった時点で、想花はぐったりと座り込んでいた。
「大丈夫……？」
　心配そうに水を差し出したのは、一般エリアを担当する東門巧だ。
「ええ、まあ……ありがとうございます」
　軽く頭を下げて、想花は置かれたコップに手を伸ばした。
　最初のミーティングでの自己紹介で、互いに寝子高生であることは承知している。
　ちなみにバイトは全部で十四名。内、三人が寝子島高校の生徒であった。なお、ＶＩＰ席担当は四名で、現役高校生は想花だけである。
「僕も始まる前からくたびれた」
　巧は想花の前の椅子に腰かけた。普段と違い、ぼさぼさの髪をきっちり撫でつけ、白のワイシャツに黒いベストとズボン、それに蝶ネクタイをつけている。これが一般エリアの制服だ。
「覚えることが多すぎて、絶対ダメ！　大体何でぼくがメイドなのかな！？」
「……嫌なら変えてもらったら？」
「今更、無理！　それとも代わってくれる！？」
「いやそれもっと無理」
　巧は自分がメイド服を着ている姿を想像して、顔をしかめた。
「こういうのは、もっと可愛い子がやるもんだし！」
「え？　月原さん、可愛いでしょ」
「え……」
　想花はどきりとして、巧を見つめた。
　が、巧は拳を力いっぱい握り締め、
「眼鏡っ子のメイドさんなんて、最高じゃん！？」
と、言い切った。
「……そこ？」
「そこ！　大事！」
　ちなみにバイトメンバーで眼鏡をかけているのは、想花と巧だけである。
　想花は笑い出した。上手くできるだろうか、なんて悩んだところで、客が考えているのはこの程度なのかもしれない。緊張するだけ損だ。
「さあ、そろそろ時間だよ！」
　店長が顔を出し、みんなに声をかけた。時刻は間もなく、午後六時。
　一日限りの特別なビアガーデン『星ヶ丘ビアテラス』、オープンである。

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