南紀白浜を臨海学校で味わい尽くす！｜リアクション

南紀白浜を臨海学校で味わい尽くす！

　遠泳の最後は三年の男子となった。胸に秘めた思いはそれぞれでスタンディングスタートの姿勢で時を待つ。
　笛が鳴った。瞬間、全員が海へと走り出す。水飛沫を上げて走力に優れた者達から次々と飛び込んでいった。
　出だしは混戦を極めた。一塊の集団が互いに触れ合う距離で鎬を削る。
　少し遅れた位置に桜井ラッセルがいた。ぎこちないクロールは徐々に慣れて速度を上げる。その状態を維持する体力はなく、背泳ぎに変えた。
「あー、この方が楽だ」
　青い空に浮かんだ雲を何とはなしに見る。かなり高いところに鳥が飛んでいた。羽ばたきは少なく、悠々と横切っていく。
「お前らはいいよなぁ」
　青い目で鳥の姿を追い掛ける。
「ろっこんさえ使えりゃあ、俺も……」
　途中で言い澱む。ろっこんに必要なオルゴールの金の鍵は持っていない。『黄色いピヨコ』を発動させてカナリアに変身すること自体が不可能な状態であった。
「……いつまでもある力じゃないよな」
　くるりと向きを変える。クロールの姿になって力強い泳ぎを見せた。その熱意は心の中まで燃やす。
　――鳥も魚も自分の力で頑張ってるんだ。
　俺も負けてられないぜ。憧れのペンギンと泳げるようになってやる！
　全身に力が漲る。スタミナ配分の枠を超えたクロールで最後まで通した。
　砂浜に上がったラッセルは両膝を突いて空に向かって叫んだ。
「これが俺だぜっ！」
　周囲から温かい拍手が送られた。
　クロールで泳いでいた八神修はゴールの砂浜を意識した。疲労で崩れそうなフォームを立て直し、やや速度を上げた。
　荒い息は抑えられない。限界が近いことを悟りながらも最後の気力を振り絞る。
　無様な姿は見せられない。
　その一心で泳いだ。そして泳ぎ切った。左右から強風に吹かれたような状態で歩く。今にも倒れそうな身体で砂浜に向かう途中、海に潜んでいた僅かな凹みに足を取られた。
　傾く身体を支えられない。そこに七夜あおいが飛び込んできた。抱き留められた修は瞬間的に身を引いて今度は後ろに倒れそうになった。
「修君、危ないよ」
　あおいは手を握って引き寄せる。
「ごめん、格好悪いところを見せて」
「そんなことないよ。最後の泳ぎは凄くて応援を忘れそうになったよ」
「それなら、いいのかな」
　修は横目の状態で言った。
「今、気づいたんだけど腹筋が見えるんだね」
「鍛えた成果かな」
　あおいは顔を寄せる。修は見られていることを意識して顔が赤らむ。
「あの、少し恥ずかしいんだけど」
「あ、ごめん。なんか、私も少し熱くなったかも」
　二人は顔を赤らめて、もじもじしながら砂浜を共に歩いた。
　大半がクロールを選択する中で万条幸次は平泳ぎに徹した。波がくれば頭を下げて回避する。穏やかな時に顔を上げて進む。
　余計な力が入らないように相原まゆの教えを思い出す。肉声のような状態で頭の中に響き渡った。
「寝坊したと思って急いで身支度をして家を飛び出したら日曜日だったことに気づいて脱力する状態を心掛ける！」
　口に出すと舌を噛みそうな教えを頭の中で反芻する。その影響で手の動きが鈍くなる。すかさず別の教えに思いを寄せる。
「手の一掻きで海を割るんだ、神様みたいに！」
　脱力と力を巧みに使い分けて進んだ。折り返しのブイを回り、ゴールを見ながら平泳ぎを続ける。顔には笑みが浮かび、のんびりした調子になった。
　そこを横波が襲い掛かる。息継ぎの瞬間が重なり、海水を飲んだ。激しい咳に見舞われ、フォームが崩れる。近くのボートにいたライフセーバーが様子を窺う。
「……ゴホッ、俺なら、大丈夫！　あとちょっと……もうちょっとなんだから！」
　怒りにも似た感情を爆発させる。幸次はゴールの砂浜を睨み付けて泳いだ。
　泳ぎ切った。ふらふらの状態で砂浜に上がり、派手に寝転がった。
「幸次君、やったよ！　一キロを泳ぎ切ったよ！」
　駆け寄ったまゆの声は聞こえていないのか。幸次は幸せそうな笑みで一言。
「つっかれたぁ……」
　口にして最後の遠泳を締め括った。