〇暑い時こそ、配信

「暑い時こそ、配信ですわあいおちゃん！　この前買ったペアの水着姿でシーサイドタウンで待ち合わせですわ」
　ほしびとのアイオ・キャンドライトは、あいお妹こと寝子高１年の喜矢武 あいおからの電話に向かって答えました。
『水着？　街中でですか？』
　いぶかしそうなあいおの声に、アイオは先ほど見たネットの書き込みを思い出しながら言います。
「寝子島全島水着デーなので問題ないのです、たぶん」

「えーっ！水着デーってホントですかぁ？　シーサイドタウンですねぇ……わかりました」
　電話を切ったあいおは、とりあえず水着を取り出しました。
「行き先は教えてくれませんでしたけど何するんですかねぇ……」
　何にせよ猫鳴館のこの暑さよりはマシに違いありません。

　ほどなくシーサイドタウンで、お揃いの水着姿の二人は落ち合い。
「さっそくはじめますわよ」
　MewTuberグループあいおシスターズとして配信を始めました。
「キャンモーニン！　あいお姉ですわ」
「配信開始！　あいお妹ですわー。さて姉さん、今日はどこに行くんですか？」
「今日は暑さをふっとばす企画として、こちらのカレー屋さんに来ました」
　アイオの示す方を見れば、確かにカレー屋さんがありました。
　店名を見て、あいおの記憶にひっかかるものがありました。
「へー、カレー屋さん……あれ？　そういえばここ激辛のやつで有名じゃなかったですか」
　質問が終わるより早く、アイオは扉を開きます。
「暑いときこそホットに！　お皿に注いでもマグマのようにグツグツ煮える、お店名物の激辛カレー！　店主さんから店内配信OKの許可をもらってるのでさっそく行きましょう」

　冷房の涼しさに引きこまれるように、あいおとアイオは席に着き。
「激辛カレーひとつお願いします」
　平然と注文するアイオと、呆然とそれを聞くあいお。
「姉さん、すごいですね、そんな辛そうなの平気なんですか？」
「他人事のように言ってますけど、あいおちゃんも食べるんですよ？」
「えっ」
「めちゃめちゃ辛いと言われるので2人で1皿1人前をシェアします、ただし絶対に完食しますからね」
「ええ……暑いのに激辛カレーなんですか？」
　何かの間違いであってほしい、と顔をしかめるあいおでしたが。

「お待たせしました」
　グツグツと煮えたぎる音と共にカレーが運ばれて来ました。
　エアコンの効いている店内のそこだけが温度が上がっているようです。
「ギャーッ！　激辛カレーの本物が出てきました……」
　あいおは恐る恐る顔を近づけ、はじかれたように離れました。
「美味しそうなカレーの匂いですけど、辛さがツーンと来て目がしばしばしてきます」
　なおもぐつぐついうカレーを前にあいおはすがるようにアイオに訴えます。
「本当にこれ食べるんですか？　金属のスプーン入れたら溶けません？」

　さすがにアイオの笑顔も少し引きつっていますが。
「ここまで来て引き下がるわけにはいきませんわ」
　勇敢にスプーンを手にし、カレーを口に運びます。
「姉さんが最初の一口……いったー！」
「まずはアイオから一口……あ゛あ゛あ゛ぁ！」
　実況していたあいおは、アイオの様子に立ち上がりました。
「早く水、水飲んで！」
「……辛いというか痛いですわーっ！」
　水を飲み、ようやくまともにしゃべれるようになったアイオ。
「大丈夫ですか？　配信したらいけないレベルの変顔かまして辛さに耐えてましたよ姉さん……」
「二人で力を合わせればなんとかなります。さあ、あいおちゃんの番ですわ！　ほらあーんして……」
「あいおも食べますから、姉さんも続けて食べてください」

（正直なところ一口も食べたくないんですが……そうだ）
　あいおはスプーンをカレーに突っ込み、すくって口の近くまで持っていってはまた下ろして掬いなおします。
（なんとなーくスプーンを動かして食べてるように見せる作戦！　こうやっておいて姉さんに全部食べてもらうのです！）
　しかし。
　顔を赤くしながら食べていたアイオは画面に流れるコメントに目を留めました。
『妹ちゃん食べて無くない？』
『ズルはダメ』
「……あーいーおーちゃん？」
　睨まれて、あいおはすぐに状況に気づきました。
「あ、コメントで即効バレました。わかりましたよぉ食べますって……もぐ、お゛あ゛あ゛あ゛ぁ！」
　悶絶して水をがぶ飲みするあいお。
「カライ！　ツライ！　どっちも同じ『辛い』って書くのも納得！！」

　地獄のような挑戦は永遠に続くかと思われましたが、汗を流し悶えながら二人は少しずつ激辛カレーを食べ進めていきました。
　そして、ついに。
　……カタン。
　アイオがスプーンを置いた音が響きました。
「やりました！　……なんとか食べ切ったのですわ」
　汗まみれになりながら、アイオがにっこり微笑みます。
「暑いときは辛い物を食べて、汗まみれで暑さを楽しむのもアリよりのアリなのですわー！　では配信はここまでっ！」
『よくやった！』
『がんばった！』
　流れるコメントを見て、あいおは我に返りました。

「辛さで痺れてる間に配信が終わってました。すみません、飲み物を……ラッシー二つお願いします」
　冷たいラッシーが運ばれてきて、あいおは生き返った顔になりました。
「ほら、猫鳴館でぐったりしてるよりはよかったでしょう？」　
　甘いラッシーでクールダウンしながらアイオが微笑みます。
「まあ、来てみてよかったです……いたたた」
　口の中の痛みに耐えながらも、あいおは天国を味わっていました。