反転、膨張。変わって染まって？｜リアクション

反転、膨張。変わって染まって？

　思いっきり閃く爪を、熊吉はジャージを犠牲にして避ける。熊吉も普段より動きが軽いように思えた。
　だが、この光景を目撃し我に返った者がいた。熊吉に恩義を感じている小次郎である。
「うぅ、よりによって熊センセーまで暴走してるのかよっ」
　なんてこった！　と頭を抱える小次郎。彼女はどうにかするべく熊吉へと向う。だが、彼女自身も暴れたい気持ちが燻り続けている。
（全力のあたしを止められるのは……熊センセーだけなんだ……）

「！？」
　御巫時子は戦慄した。想いを寄せる尚輝が必死になって逃げ回っている姿に。
（先生は、影響を受けていないのですね……）
　その事に安堵はすれど、この状況の只中におくには聊（いささ）か哀れな様子だった。だからこそ、乙女は勇気を持ち、覚悟を決める。そう、時子はきっちりと影響を受け静かに滾々と闘志を燃やし始めていたのだ。
「みっ、御巫さん……？」
　尚輝は、傍に立った彼女を見上げる。時子は静かに微笑んで頷いた。
「尚輝先生を守る為なら喧嘩上等です。牛瀬先生とも拳で語り合いましょう」
「え？　みかなぎさん……？？」
　普段たおやかで優しい顔しか知らない尚輝は、冷静かつ凛々しい時子の様子に思わず嫌な予感がする。
「待っ、待って……、危ないから……」
「今は止めないでください。すぐに終わらせますからね」
　止めようとする尚輝の手をやんわりと遮り、向き直ろうとする時子。だが、そこに影が２人分降りた。
「どうみても、一人では太刀打ちできそうもないぞ……。これは、な」
　とため息交じりに言ったのは曖浜鴻。元自衛隊員で今もガタイのよい彼は、それなりに危ない橋を渡った経験がある。故に冷静な判断が比較的下せるのだが……。
（お前さん、今はそんな人間じゃねぇだろ！？　くそっ、今はどうにか堪えているが誰彼構わず戦いたくて仕方ねぇ……！）
　影響を受けている事に焦りながらも、時子に一言言っておかねばと思ったのだろう。彼は息を飲みこみながら「深呼吸をするんだ。まずは落ち着こう」と時子を諭す。
「そう、だね……。御巫の気持ち、よくわかるよ。俺もあおいに何かあったらって思うと気が気でないからね」
　と、八神修。彼は、想い人であるあおいが彼女自身のろっこんを使い暴れている様をみながら時子の目を見た。
「お二人とも、暴れたいのでしょう？お互い、倒れる事のないよう、それぞれのやり方で牛瀬先生を」
　時子はそう言うと、軽い足取りで争い事の中へ飛び込んでいく。
「っ！　言った傍から！！」
　時子を追いかけるように鴻も飛び出す。彼は飛んできた瓦礫を避け、牛瀬目掛け走る。その背中を見送る尚輝と修であったが、ややあって修もまたあおいへと駆けだした。
（いったい、何がどうなって……。どうか、皆無事で……）
　今は祈る事しかできない、と尚輝は物陰で手を握り、目を伏せた。

（それにしても、これじゃ危なくて近寄れない）
　バトンで暴れる人をいなしながら進む絵梨菜は、巧の周りを見てため息を吐く。
　彼女が辺りを見渡して最初に見つけた知人は、路上駐車された自転車をろっこん『カジバオトメ』をつかって投げ飛ばしているあおいだった。
　絵梨菜は小さく笑うと、巧を指さしてあおいに叫ぶ。
「ほらほらあおいさん、体育の時間にその（貧相な）胸をチラ見してるこのムッツリ教師達にもお見舞いしてあげなさいな！」
「え？！　うそ！　でも……そうなら許せないよっ！！」
　最初は狼狽えたあおいであったが、直ぐに真っ赤になりその自転車を巧の方へと投げ飛ばす。突如飛んできた自転車を巧は獰猛な笑みで蹴り飛ばすのが見えた。
（え？　あれ……を？　うふふ、とても心が弾む顔ですわね……。ってあれ？　あれれ？　なんかわたしも凶暴化して悪役令嬢みたいになってきてるよっ！？）
　思わず闘争心が疼いた絵梨菜だったが、ふとした変化に戸惑う。それを別にしてもあおいに協力を仰ぐのはいいアイデアだったのかもしれない。彼女は次々と自転車だのバイクだのを投げ飛ばし、巧たちの隙を狙う。
（できた隙に、股間を蹴り上げれば……）
　絵梨菜は乱れ飛ぶ様々な物を見ながら駆けだそうとした。が、その時。進行方向から修が駆けてきた。
「あおい！」
　修があおいに声をかけた刹那、ベンチが飛んできた。完全に戦闘しか頭にない状態のあおいには、修が見えていなかった。絵梨菜の声を聴いたのは、偶然だったようだ。
　とっさに手を伸ばし、『分解』。音を立ててベンチだったものが降り注ぐのをそのままに彼は叫ぶ。
「あおいっ！」

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