反転、膨張。変わって染まって？｜リアクション

反転、膨張。変わって染まって？

　
　その頃、巧は相変わらず複数の人を相手に暴れまわっていた。そして彼へ行くまでの間にも沢山暴れている人がいる。まぁ、一部は大きな猫となった幸次が弾きまくっているが……。
　大きな猫が暴れているという妙にカオスな光景を目にし時子の目が点になる。
「ちっ、牛瀬までが遠いな……」
　と、鴻は口の中を噛み流血させる。彼のろっこん『例え己が血を流せども』は彼自身が出血を伴う傷を負った時に効果を発揮する。それは――全身の筋力の増強。
　元々ガタイもよく、こういった場に慣れていた鴻は襲い掛かってくる相手を次々に倒していく。まるで鬼神もかくやという彼の姿に時子は僅かに怯む。
（でも、先生のためなんです）
　しかし、尚輝の事を思えばそれも失せ、しっかりと巧を見る。彼女は空き缶を拾うと巧へと駆けだす。鴻はその背中をちらりと見送るも、巧へ近づくべく障害になる輩を叩きのめしていた。時折あおいが飛ばしたバイクなどが落ちてくるが気にしている暇はない。
　視線の先、巧は一人の少女と対立していた。

　満面の笑みを浮かべ、少女はスカートを揺らしアスファルトを蹴ると下がり、軽々と道路標識を持ち上げる。
「あぁ、楽しい！　物凄く楽しい！　もっとやろうよ！」
　碧南は巧から放たれた強力な蹴りを避け、引っこ抜いた道路標識で殴りかかっていた。僅かに頬を掠め、浮かび上がる赤い線。巧はそれを物ともせず道路標識を引っ張って碧南ごと飛ばしていた。だが、その顔に浮かんでいるのは、多少の呆れと……わくわくとした子供のような笑顔。
「しぶといやっちゃな、嬢ちゃん……。本気だしてもええんか？」
「まだ本気じゃないの？　舐めて貰っちゃ困るのよ！」
　あきれるように言い放った巧の言葉に、碧南が荒々しい怒気を放って道路標識をぶん回す。巧はそれを蹴り上げ、彼女に平手を見舞った。先ほどまで浮かべていた笑みが消え、鋭い眼光が彼女を捕らえる。
「次は拳や。観念するなら今やで」
　不意に、その表情が歪んだ気がした。どこか苦し気な顔に見えた。だが、直ぐに剣呑な表情へ戻る巧。背筋から駆け上る闘気と好奇心から、碧南は笑った。
「だから、本気にさけてあげるっていってるの！」
　彼女は一気に踏み込み、その頬を殴り飛ばそうとした。が、巧はギリギリでよけていた。バランスを崩し、倒れかける碧南。巧はもう次のモーションに入っている。妙にスローに見えるその中で、からん、と何かが音を立てた。よく見れば、警棒のような物が落ちている。巧は腕でそれをガードたが勢い余って飛んだようだ。生まれた隙を逃さず、碧南は素早い動きでその場を離れる。
「外したっ」
「甘いで、そっちのお嬢ちゃんも」
　その正体は神無。彼女は巧が碧南との戦闘に集中しているのを狙い、背中を見せた所で後頭部を狙ったのである。そして、神無のろっこん『スピリチュアル・ステルス』は「いない……」と呟き、呼吸を止めている間、神無の体と衣服を透明にする。故に今まで気づかれていなかった。だが、殺気を感じ取ったのか、反応されてしまったようだ。
　巧が投げようとする為捕まれぬよう下がり、物陰に隠れる。真正面からは勝てそうにもない、と神無は焦る。しかし、そこに幾人もの人が集まってきている事に彼女は気付いた。時子が、鴻が、修、あおい、絵梨菜が。そして……大きな猫となった幸次もまた巧を狙っていた。勿論、まだ碧南も諦めてはいない。
「ん……おもろいことになってきたな」
　巧の口元が、綻ぶ。何も言わず殴りかかる鴻をいなし、碧南の蹴りをもかわす。そして時子が投げた缶も、大きな猫ののばされた爪も避け、彼は挑発的に指をちょいちょいと動かした。
（自信があるんだな）
　あえそれにのろう、とばかりに修が一歩踏み出す。そしてあおいと頷き合った。
「見せ付けてやろうよ、俺達の力を！」
　あおいは無言で落ちていたスクーターをぶん投げ、修が『分解』。ばらばら落ちてくるスクーターの部品を避け、巧は修へと前進する。だが、その前に出た者がいた。
「ごめんあそばせ」
　絵梨菜が勢いよく蹴り上げる。勿論狙うは股間だ。しかし巧は半身にしてガード。その蹴りを足で受ける。
「とんだお転婆ときたもんやな」
「でも、足が使い物にならないのではなくて？」
　まるで悪役令嬢もかくや、という絵梨菜の仕草と口調に苦笑する巧。だが彼女は攻撃の手を止めない。
（足場が不安定なところに誘えれば！）
　時子がもう一度パイプを投げ、巧が避ける。時子がちらりと見た場所へ追い込めばいいのか、と悟った神無は物陰でろっこんを発動させると、じりじりとタイミングをうかがう。
「また会ったな」
「そうやな」
　鴻と巧が意味深な言葉を合わせると、無言で殴り合いが始まった。その合間に絵梨菜と碧南が飛び込んで巧へ攻撃するが、巧は見事にさばく。しかし、じりじりと時子が誘おうとしている方向へと動いているように見えた。
　時折投げられる瓦礫がふってきて、巧を苛む。集中力が少し削れてきているな、と修は感じた。

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