●不穏な噂？
撮影現場に見学者としてやってきている西 高太郎はぬかりなく周囲に気を配っている。
彼はストーカーの噂を探り、福井陽菜を守るべく単身ここにやって来たのだ。
「ストーカーだとぅ……。いや、こいつは違う。悪の秘密結社の仕業に違いない！　ゴムゴルの野望、この俺が許さん！」
高太郎はヒーローである。勘違い系の。ちなみに本名は『タカタロウ』だが『コウタロウ』と呼ばせたいという拘りも持っている。
黙っていればそのままヒーロー物に登場しても良いような男前だが、喋ると妄想爆発。
彼に掛れば全ての事件は悪の秘密結社ゴムゴルの仕業になってしまうのだ。
高太郎の推測によれば今回のストーカー事件の真相はこうだ。
　１）福井陽菜は優秀なアスリートである。
　２）悪の秘密結社であるゴムゴルは優秀なアスリートを攫い怪人に改造しようとしている。
　３）敢えてヒーロー物の出演者を誘拐し、事件を撮影させることで日曜朝を楽しみにしている子供達に絶望を与える。
撮影現場の雰囲気と自ら作り出した脳内ストーリーにテンションはMAX！
「許さんぞゴムゴル！　寝子島と日曜朝の平和を乱す者はこの俺がゆ゛る゛さ゛ん゛！」
拳を握り締め叫ぶ高太郎。
周囲の見物人達から拍手が上がった。

●エキストラ大活躍！
発育の良い胸を強調するように、少し着崩した感じで芸者の衣装を纏った不破 ふわり。
彼女は近所のませた小学生から『映画版の撮影』と吹き込まれ、それならきっとバイト代も高額に違いない！とエキストラのバイトに応募していた。
しかし残念ながら今回はあくまでもレギュラー放送分の撮影である。そして、バイト代は映画版であろうが大差はない。
始めて味わう撮影風景を眺めながら、撮影開始をのんびりと待っていた。

薬箱を提げ、白い着物を着込んだ神薙 焔は日独クォーターだ。
中学まではドイツで暮らしていが、日本にやって来てからよく観るようになった特撮や時代劇が大好きだ。
そこに舞い込んだエキストラ。一も二もなく飛びついたのだが、ひとつ気がかりがあった。
自分の赤毛と緑の瞳である。時代設定は江戸時代の日本。鎖国の最中に外国人が居るのはどうにも具合が悪い。このことである。
しかし、着付けまで済ませたのだ。どうしても出たいと思った彼女は思い切って監督に直談判。
「舞台を、長崎の出島にしてはどうでしょうか！？」
監督は、ぽんと手を打つ。
「おお、なるほど。いつも江戸の町じゃ芸が無いよね。よし採用。といっても、テロップ入れるだけだけどね」
あっさり通った。
「で、その格好は？」
「シーボルトの娘で女性医師の楠本イネのつもりです！」
「なるほどなあ。尺の都合でエキストラ１人にそこまでの設定は付けられないけど、君は是非そのつもりで演じきって欲しいな」
作品として拘る部分、拘れる部分と、役者として拘る部分はまた別なのだ。

怪人と邪法兵ウゾーの突然の襲撃。慌てふためき、逃げ惑う町民達。
撮影はそんな設定のシーンから開始される予定になっていた。
ある程度の流れを説明されるも、演技指導などは特にない。

「ええ、と、逃げるったってどすればいいのかな？」
特撮番組もほとんど観た事が無く感覚が掴めないで居る天野に、甲がにっこり笑顔で耳打ちする。
「今回はちゃんと追ってきてくれる相手もいるから大丈夫。鬼ごっこのつもりで良いと思うよ。要は演技だと思わない事、かな」
本当は自分も自信が無かったが、まがりなりにも甲は演劇部員である。
戸惑う天野を見て、自分がしっかりしなくてはと思い励ます。

カチンコが鳴らされてテイクワン。

僧侶役の蓮が笠を捨てて一目散に逃げる。
サンマ団員の子供達を守りながら一緒に逃げる魚屋佐月。
芸者姿のふわりも、ぱたぱたのんびりと逃げる。
天野も釣られて逃げ出す。

焔は楠本イネになりきっていた。襲い来るウゾー。
町人達が逃げ惑う中、転んで逃げ遅れる子供。それを目にした彼女は咄嗟に子供を庇う。
そこへ！サイイエロー、嵐堂清花が駆けつける。
サイレンジャーの中では清花のファンである焔は目の前で見るその姿に釘付け。
その表情が良かったのかカメラは回ったままだ。

そこへ甲が飛び出し、ボールペンで手帳にメモを取り始める。
鰺浦監督の声が飛ぶ。
「カットカットカットぉ！」
思わず身を竦める甲だったが、監督が眼鏡を光らせながら放ったのはこんな言葉。
「ちょっとそこの君！メモ取るならこれ使って！」
筆と巻紙だった。
瓦版屋なら撮影中に演技に関するメモ書をしていても怪しまれないというアイデア自体は良かった。
だが、甲は間近に見るヒーロー達や撮影現場の興奮に飲み込まれ、小道具にまで気を配る余裕が無くなっていた。
演技の勉強にと持って来ていた自前の道具をそのまま使ってしまったのだった。

そして、テイクツー。
逃げ惑う町人の中から怪人に向かって突進してくる赤い着物、金髪の姫君。出島設定のお陰で何でもアリだ。
「あーれーーー！」
絹を引き裂くような悲鳴。それは、あまりといえばあまりなお定まりの台詞。
しかも怪人の方に向けて一直線に突進して来るではないか！
それは財前 華蓮だった。
彼女はここで活躍することで名を上げ女優デビューを目論んでいた。しかも割と本気で。
そんな目立ちたがり屋の華蓮だったが、テイクワンでは人の流れに呑まれ思うように動けぬまま終わった。
満を持してのテイクツーである。
華蓮は気合い十分。あっという間にウゾーの群れをかき分けて３つの犬頭に浪人風のデザインを持った怪人の元へ迫る。
困ったような顔を監督に向けるスタッフもいたが、ひとまずカメラは回ったままだ。
戸惑う怪人の腕の中に半ば強引に収まり人質になる華蓮。
叫び続ける華蓮の目論見は成功した。カメラは叫び続ける華蓮の表情をアップにする。
こうなると怪人も乗ってきて人質を盾に、『いけっ！ウゾー共！』とばかりにサイレンジャーに対しやりたい放題の演技を披露。
そう、この場にはまだサイレンジャーはいないのだ。
ここでカットがかかってこのシーンは撮影終了。

この場面は後日の編集マジックで、逃げる町人の群れの中からひときわ目立つ赤い着物の姫君が怪人ロウニンケルベロスに人質として捉えられ、駆けつけたサイレンジャーが大苦戦するというシーンになるのだった。
そんなこんなでエキストラとしては目立ちすぎるくらい目立ち、TV初デビューを果たした華蓮だった。
しかし花蓮の野望はこんなものでは満足しない。これからも彼女の野望は続くのだ！

その後、さらに別シーンの撮影となる。
この頃には監督もノリノリで台本にないシーンが追加されていた。
本来の台本では逃げ惑うばかりだった町人が、怪人達に反撃するというシーンだ。

芸者姿のふわりがウゾーの群れにウインクし細い路地に誘導する。
路地に立てかけられた材木を倒し退路を塞ぐ蓮。手を合わせ念仏を唱える。
魚屋の佐月とサンマ団員達が屋根の上から投網を投げ、怪人とウゾー達を絡め取る。
宿の二階からありったけの枕を投げつけるぽっちゃり娘の小石川 夢見。
町人達の活躍を必死に筆と巻紙に記録する女瓦版屋の甲。
華蓮と焔がウゾーの手から変身ブレスレットを取り戻す。
そして、華蓮はライバル福井陽菜演じる姫川杏李に、焔は嵐堂清花にブレスレットを渡す。
杏李と清花はブレスレットを装着すると変身！

ここでカット。

見学者の最前列には自分の着付けたエキストラの活躍を満足そうに眺める衣夢の姿があった。
午前の撮影が滞りなく終わり町人役のエキストラは解散。
希望者は引き続き撮影見学を許可された。