●活動停止の危機

　期末試験が始まる３日前の夜。
　喜矢武 あいおは猫鳴館の自室で過ごしていた。いよいよ試験にむけて追い込みかと思いきや、だらだらしていた。

（どうせ何とかなるでしょう）

　焦る気持ちは無いようで、教科書のほうを見向きもしない。そんな様子を見たアイオ・キャンドライトはあいおを一喝した。

「あいおちゃん、１教科でも赤点を取ったら夏休みのMewTuber活動は禁止！」
「ええ！？」

　突然の宣告だった。

（そ、そんなー！？　夏休みこそ水着でライブの配信とかアイス作ってみる配信とか色々楽しみにしてたのにぃー……）
　
　表情を見るに冗談ではなさそうだ。その証拠に配信用の機材は没収して知り合いの人に預ける算段まで立てている。

（僕が配信で使うカメラとかは、アイドル活動研究部でも使っている……このままではMewTuber生命どころかアイ活研まで存続の危機に……！）

　あいおの表情がみるみる青ざめていく。

「もうやる！　やりますよぉ！」

　鞄に押し込んでそのままだった試験勉強用の問題集を慌てて引っ張り出した。

（まずは英語から……）

　本を開くと左ページが長文の英語で埋まっていて、右ページにそれに関する設問が用意されている。内容を理解しようと１行目から読み始めたが、そこから先に進めなかった。

（……英単語、全然覚えてなかったから文章が全然分からない）

　それならば分かりそうな設問を先に埋めてしまおうと右ページを確認する。
　そこには『これらの単語を並び替えて正しい英文にしなさい』や『この日本語を英語にしなさい』といったものが見える。英単語を覚えていないのに、英語の文章が分かるはずがない。
　頭から煙が出そうだった。その横でアイオがMewtubeの配信を始めた。

「きゃんもーにん！」

　軽快な挨拶で始まった配信に早速視聴者が集まってコメントしている。

「MewTuberあいおシスターズのあいお（姉）ですわ。さて始まりました、緊急配信企画《赤点を回避せよ！　『あいお（妹）のテスト勉強を見守る枠』》！」

　話すトーンに対してタイトルが不穏なせいで、戸惑いと心配するコメントが集まる。

「どうにもあいおちゃんが期末テストのやる気がないので、『1教科でも赤点を取ったら夏休みのMewTuber活動は禁止！』としましたわ。ホントにホントに、夏休み中休止にさせますからねっ」

　その説明で一層ざわつく視聴者たち。

「今は英語を勉強しているのですが、どうにも英単語がわからないみたいで……覚え方やヒントをコメントで募集中です。ただしそのまんま答えだったら読まないので注意してくださいですわ」

　いきいきと語るアイオ。配信で宣言した以上、あいおは試験勉強を頑張るしかない。

（配信はきにせず勉強しろと……鬼ですか……）

　思わずあいおはため息を吐く。しかしやるしかないのでペンを握った。

　　　＊　＊　＊

　その頃、花咲 夢乃は星ヶ丘寮の自室で勉強していた。

（中間テストは納得がいく点数が取れましたが、期末は教科が多いので頑張らなくては）

　しかしずっと集中していたら流石に疲れてきた。気分転換をしようと思ってMewTubeを確認すると『あいおシスターズチャンネル』が配信をやっていた。さっそく開くと、驚きの発言が飛び込んできた。

「……ホントにホントに、夏休み中休止にさせますからねっ！　今は英語を勉強しているのですが……」
「ええ！？　中止！？」

　夢乃は一瞬固まった。

「あいおちゃん、赤点取ったら活動停止ですって！？」

　あくまで『夏休み中の活動を停止』なのだが、夢乃は配信を途中から聞き始めたのもあって『アイドル活動の中止』だと思い込んでしまった。

「大変ですわ！　アイドル活動ができなくなるなんて、アイドル研の仲間として放っておけません！」

　夢乃は教材を鞄に急いで詰める。

（私も、教えられるほど優秀ではないですけど、何かお手伝いできることくらいあるはずです！　塾で習ったばかりのところなら、ちゃんと説明できそうですし。集中できなくなったときの気分転換とか、２人のほうがきっと効率がいいはずです）

　すぐにも飛んでいきそうな勢いで思考し、そして行動に移そうとしていた。

（でも、まずはご連絡しなくては）

　後は外に出るだけというところで、スマホを取り出した。

　　＊　＊　＊

　ここはあいおの自室。
　あいおは変わらず英語に苦戦し、アイオは配信を継続していた。

（だめ……まるでわかりません……）

　もはやここまでか、と思ったその時。着信音があいおのスマホから聞こえてきた。電話の相手は夢乃だった。

「もしもし、夢乃？」
『あの、大丈夫ですか？』
「ん？　何がですの？」

　一言目に大丈夫と聞かれて、あいおは頭がおいつかない。そんなあいおに夢乃が話を続ける。

『配信を見てたら心配になりまして』

　その言葉であいおはようやく理解した。

『今からそちらへ向かいますわ』
「え、いや、来てもらうのは悪いし、電話でも十分応援になりますよぉ」
『そんな、猫鳴館でも私勉強できますし……』
「大丈夫です！　絶対に活動を止めたりしません！　僕は頑張ります！」
『……わかりました。それじゃあとりあえず通話にいたしましょう』

　夢乃は荷物を一旦おろし、勉強するためのスペースを広げる。科目はあいおのやっている英語。

『あいおちゃん、頑張ってくださいね！　アイドルが歌えなくなるなんて耐えられません。あいおちゃんには素敵な笑顔で歌って欲しいんです』
「……ありがとう。頑張りますわ」

　あいおは抜け殻になりそうな自分を奮い立たせる。

「姉さん！　この問題集から単語を選んでください。僕がその意味を答える一問一答式で覚えます！」
『私もサポートします！』

　配信でもアドバイスや応援のコメントが流れる。

（お友達からの励ましの電話も話し込まなければOKですわ。これもまたほしびとのアイオは一生経験できない学生の青春ってやつなのです……）

　勉強を強制するのは気が引けるし、あまり気分も良くない。しかしアイドル活動のせいで成績が悪いと思われるわけにはいかない。それに成績が低いと、留年や退学の可能性も出てくる。
　アイオなりの励まし方がちゃんと伝わっているかは分からない。けれど３人はそれぞれの形で勉強に向き合った。