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- 学年：職業
- 00月00日生 00歳
- AAA000000
たとえばあなたが、
【好奇心は猫を殺す】
隣室の佐野家はごく一般的な何の変哲もない家族であると、少なくとも万条 幸次はそのように認識していた。旧市街、ペットＯＫのアパートの一室に、両親と小学生の娘、それに父方の祖父が暮らしている。幸次も時おり、元気いっぱいな娘さんが、近頃めっきり足腰が弱ったというおじいさんの手を優しく引いて出かけてゆく、仲睦まじい光景を見かけることがあった。
奇妙な感覚を覚えたのは数日前の夜だったが、それはまだちょっとした疑問といった程度で、明確な変事ではなかった。
「……花遊？」
自室でくつろいでいると、飼い猫がじっと壁を見つめていることに気がついた。微動だにせず、かっと目を見開き、総毛立っていた。
「花遊、どうしたの？」
主の声にぴくりとも反応しない尋常でない様子を心配すると同時に、壁を隔てた佐野家に異変でもあろうかと気になった。
花遊を妙に刺激しないよう気を使いつつ、幸次は壁に耳を押し当てた。隣家を憂うのと同時に、いささかの好奇心もあっての行いだった。
大きな音は聞こえない。ただ耳に届く何かはあった。
「？」
ほんのかすかに、小さく。あるいは、幾重にも重なるつぶやき声。あるいは、おびただしく集る小虫の羽音。そのようなものに聞こえたが、はっきりとは分からなかった。
翌日の夜、幸次は近くのコンビニへ買い物に出た。テスト期間が近くなり、勉強の共の夜食を求めただけの他愛ない外出だった。アパートの下から隣室の窓を見上げたのもほんの何気ない仕草に過ぎなかったが、幸次の目はそこに吸い寄せられた。
バルコニーの向こうの窓にカーテンは引かれておらず、部屋は暗かった。垣間見えるのはおそらくはろうそくの火のゆらめき。その形作る影が揺れていた。まるで、そう、踊るように。隣の幸次の部屋は電気がつけっぱなしなものだから、その対比がいやに目を惹いた。
影は揺れる。踊るように。
その翌日も、翌々日も、花遊は夜になると吸い付くように壁を見やり、幸次の耳も壁の向こうを伺った。相変わらず羽虫のざわめきめいたものが聞こえるのみだが、その音は次第に大きくなっているようにも思えた。その翌日には再び夜の外出を敢行し、隣室の窓を見上げた。角度のためにはっきりと室内まで見通せないのがもどかしい。しかし揺れる影はどうも、人影に思えた。数えてみれば三つの人影がある。隣家の住人が夜毎に暗がりへ溶けながら、一糸乱れぬそぶりで踊り狂う様を想像した。
数日の間、隣人らの狂騒とそこに何らかの意味を見い出そうとする幸次の試みは続いた。
テストを明日に控えた夜、幸次は隣室のバルコニーへ移るべく、空をまたいでいた。手すりをしっかと握ってもなお落下の恐怖に肩が震えるが、それを押して確かめねばならないというつもりだった。壁の向こうの音は次第に大きくなり、どうやらつぶやきか読経の類であろうと思い至ってから、幸次の集中力はとみに乱れ、もはやテスト勉強どころではない状態に陥ってしまった。
それに何より、知りたくてたまらなかった。あの優しそうな父母が、まだ小さな娘が、足腰の衰えに悩む好々爺が、壁の向こうでいったい何事に興じているのか。知らねばおさまらなかった。
「っ、っと……」
慎重な足運びで柵を乗り越え、隣りのバルコニーへ移る。気づかれてはいけない。息を殺して窓横の壁に身を隠し、そっと覗き込む。今夜もカーテンは引かれていない。
室内は薄暗いが、間取りは万条家と同じようなものだろう。
寝室だ。真ん中に布団を敷いて行儀よく寝ているのはどうやら、一家の祖父らしい。
祖父の寝る周囲にはゆらめく影を映し出すものの正体があった。確かにそれらはろうそくの火ではあったが、並べられた数の尋常でなさは奇怪のひと言に尽きた。
夜毎に経を発する声の主たちは、そんな祖父とろうそくの並びの外を巡っていた。
白い長襦袢を着た、おそらくは三人の女性だった。いずれもぞろりと長い髪をして、背格好はまったくの同じ。佐野家の家族と異なる何者かであるのは確かだった。
女たちは一定の間隔で、一定の歩調で、一糸乱れぬそぶりで祖父の周囲を巡る。男のように低いつぶやき声を絶やさず、近くに聞けば経というより呪言にも思えた。
ぐるりと。脈絡もなく、女らは窓の外、身じろぎもできぬ幸次を振り向いた。結ばれた瞳に光はなく、それでいて幸次を真っすぐに射抜いて離さない。
かぱ、と妙な音がした。女の一人が口を開いた音だった。
開いた口は広がり、歯も舌もない深淵めいた穴は顔のほとんどを占める。かぱ。かぱ、と他の女たちも顔の全てを口にして、幸次へ発した。
「みタな」
隣の万条家はごく一般的な何の変哲もない家族であると、そのように認識していたのだけど……近頃どうも、様子がおかしい。
隣室の佐野家はごく一般的な何の変哲もない家族であると、少なくとも万条 幸次はそのように認識していた。旧市街、ペットＯＫのアパートの一室に、両親と小学生の娘、それに父方の祖父が暮らしている。幸次も時おり、元気いっぱいな娘さんが、近頃めっきり足腰が弱ったというおじいさんの手を優しく引いて出かけてゆく、仲睦まじい光景を見かけることがあった。
奇妙な感覚を覚えたのは数日前の夜だったが、それはまだちょっとした疑問といった程度で、明確な変事ではなかった。
「……花遊？」
自室でくつろいでいると、飼い猫がじっと壁を見つめていることに気がついた。微動だにせず、かっと目を見開き、総毛立っていた。
「花遊、どうしたの？」
主の声にぴくりとも反応しない尋常でない様子を心配すると同時に、壁を隔てた佐野家に異変でもあろうかと気になった。
花遊を妙に刺激しないよう気を使いつつ、幸次は壁に耳を押し当てた。隣家を憂うのと同時に、いささかの好奇心もあっての行いだった。
大きな音は聞こえない。ただ耳に届く何かはあった。
「？」
ほんのかすかに、小さく。あるいは、幾重にも重なるつぶやき声。あるいは、おびただしく集る小虫の羽音。そのようなものに聞こえたが、はっきりとは分からなかった。
翌日の夜、幸次は近くのコンビニへ買い物に出た。テスト期間が近くなり、勉強の共の夜食を求めただけの他愛ない外出だった。アパートの下から隣室の窓を見上げたのもほんの何気ない仕草に過ぎなかったが、幸次の目はそこに吸い寄せられた。
バルコニーの向こうの窓にカーテンは引かれておらず、部屋は暗かった。垣間見えるのはおそらくはろうそくの火のゆらめき。その形作る影が揺れていた。まるで、そう、踊るように。隣の幸次の部屋は電気がつけっぱなしなものだから、その対比がいやに目を惹いた。
影は揺れる。踊るように。
その翌日も、翌々日も、花遊は夜になると吸い付くように壁を見やり、幸次の耳も壁の向こうを伺った。相変わらず羽虫のざわめきめいたものが聞こえるのみだが、その音は次第に大きくなっているようにも思えた。その翌日には再び夜の外出を敢行し、隣室の窓を見上げた。角度のためにはっきりと室内まで見通せないのがもどかしい。しかし揺れる影はどうも、人影に思えた。数えてみれば三つの人影がある。隣家の住人が夜毎に暗がりへ溶けながら、一糸乱れぬそぶりで踊り狂う様を想像した。
数日の間、隣人らの狂騒とそこに何らかの意味を見い出そうとする幸次の試みは続いた。
テストを明日に控えた夜、幸次は隣室のバルコニーへ移るべく、空をまたいでいた。手すりをしっかと握ってもなお落下の恐怖に肩が震えるが、それを押して確かめねばならないというつもりだった。壁の向こうの音は次第に大きくなり、どうやらつぶやきか読経の類であろうと思い至ってから、幸次の集中力はとみに乱れ、もはやテスト勉強どころではない状態に陥ってしまった。
それに何より、知りたくてたまらなかった。あの優しそうな父母が、まだ小さな娘が、足腰の衰えに悩む好々爺が、壁の向こうでいったい何事に興じているのか。知らねばおさまらなかった。
「っ、っと……」
慎重な足運びで柵を乗り越え、隣りのバルコニーへ移る。気づかれてはいけない。息を殺して窓横の壁に身を隠し、そっと覗き込む。今夜もカーテンは引かれていない。
室内は薄暗いが、間取りは万条家と同じようなものだろう。
寝室だ。真ん中に布団を敷いて行儀よく寝ているのはどうやら、一家の祖父らしい。
祖父の寝る周囲にはゆらめく影を映し出すものの正体があった。確かにそれらはろうそくの火ではあったが、並べられた数の尋常でなさは奇怪のひと言に尽きた。
夜毎に経を発する声の主たちは、そんな祖父とろうそくの並びの外を巡っていた。
白い長襦袢を着た、おそらくは三人の女性だった。いずれもぞろりと長い髪をして、背格好はまったくの同じ。佐野家の家族と異なる何者かであるのは確かだった。
女たちは一定の間隔で、一定の歩調で、一糸乱れぬそぶりで祖父の周囲を巡る。男のように低いつぶやき声を絶やさず、近くに聞けば経というより呪言にも思えた。
ぐるりと。脈絡もなく、女らは窓の外、身じろぎもできぬ幸次を振り向いた。結ばれた瞳に光はなく、それでいて幸次を真っすぐに射抜いて離さない。
かぱ、と妙な音がした。女の一人が口を開いた音だった。
開いた口は広がり、歯も舌もない深淵めいた穴は顔のほとんどを占める。かぱ。かぱ、と他の女たちも顔の全てを口にして、幸次へ発した。
「みタな」
隣の万条家はごく一般的な何の変哲もない家族であると、そのように認識していたのだけど……近頃どうも、様子がおかしい。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2021年11月30日
- 参加申し込みの期限
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- 2021年12月07日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2021年12月07日 11時00分
