仙石原を代表する光景はと言えば、ススキ草原が上げられる。元々は茅葺屋根の材料として植えられたというが、今となってはその雄大かつ美しい光景が、訪れる人々を魅了してやまない。
　そんな仙石原ススキ草原を始めとする仙石原高原に、水上 桜は立っていた。さすがに初夏のこの季節ではススキの見頃にほど遠いが、この広々とした草原一杯が秋には黄金色に輝くのか――と想像すると、それだけで心がふわりと沸き立つようだ。

（きっとすごくきれいな景色が見られるんだろうな）

　そう考えながらしばしススキ草原に佇んで、初夏の草原を満喫する。それから仙石原湿原、箱根湿生花園へと足を向ければ、今が盛りの花々が密やかながらも華やかに桜たちを出迎えてくれた。
　園内の植物のうち、100種類ほどがちょうどこの季節に花を咲かせるのだという。エゾキスゲやデイリリー、イワタバコなども色も形も違う花を見て回っていたら、創作意欲が刺激された。
　カバンの中から学校の物とは違うノートを取り出して、シャッとペンを走らせる。描き留めるのは花や景色そのものではなく、それらの植物などから得たインスピレーションで思いついた、趣味のアクセサリーのモチーフなどだ。
　そんな桜から少し遅れるようにして、三条 神無も元のグループのクラスメイト達と一緒に、箱根湿生花園を訪れた。さすがにお昼には間に合わせないと、とランチタイムの前にグループの所に戻ったので、一緒にお昼を食べてからの散策だ。

「此処も、なかなか居心地が良いわね」

　園内を彩る様々な植物に、自然をまた満喫しながら目を細める。そんな神無の呟きを耳に留めた、友人の1人がそういえば、と声をかけてきた。

「三条さんは午前中、どこに行ってたの？」
「……どこにいたかって？　それは秘密」

　ふふ、と笑って返した神無の言葉に、そうなんだ、と頷きながらまた歩き出すクラスメイトに肩を竦める。昼食の時に聞いた話によれば、あちらはあちらで、神無が抜けた後にわりと自由に行動していたらしい。
　そんな風に、それぞれに箱根を満喫する中で楡宮 遠海も、思う存分に箱根のグルメを満喫していた。黒たまごを20個も食べた後で……？　と言われそうな気もするが、食欲魔人の胃に限界という文字はない。
　まして美味しいものが相手であれば、なおさらだ。今もまた名物の湯葉料理をあれこれと、店員が目を白黒させるほどたっぷりと堪能しては、実に美味しそうに目を細める。
　最近の女子高生はよく食べるねぇ、と店員のおばさんが感心したのに、こてん、と首を傾げた。それから、あ、と思いついて口を開く。

「この辺でおすすめの観光スポットはありますか？」
「そうだねぇ。どこに行ってもいいけれど、此処からなら1番近いのは……」

　親切に地図を広げながら教えてくれた観光スポットを、『遠足のしおり』に書き留めた。そうして丁寧に礼儀正しく頭を下げ、もちろんテーブル一杯に注文した名物の数々も綺麗にしっかりと食べ切って、遠海はお店を後にする。
　さて、次はこの教えてもらったスポットに行こうか。願わくば、この近くに美味しい名物のお店があればなお良いのだけれど。
　そう考えながら歩き出した、遠海が後にしてきた大涌谷では愛猫 萌々子が、笛吹 ぴりりと2人で観光を楽しんでいた。あれこれと珍しいものを見ていたり、写真を撮ったりと足を止めていたら、思った以上に時間が過ぎていたのだ。
　立ち込める火山ガスの向こうに見える、噴気の様子を見れたのは得難い経験だった、と思う。地下のマグマによって暖められたガスなどが噴出しているという白煙は、まるで、地球の息吹そのものにも感じられた。

「地球が生きているって、こんな風景の事を言うんでしょうね……」

　しみじみと呟いた萌々子の言葉は、もしかしたら、この地を訪れた人の多くが抱いた感想なのかもしれない。雄大な自然、噴出する火山ガスの影響による荒涼とした山肌、吹き上げる地球の息吹にも似た噴気――それらを、地球が大きな1つの生命体である証左と感じる人も居るだろう。
　そんな事を思いながら大涌谷くろたまご館まで戻れば、黒たまごや、他にも様々な土産物が売っていた。売り場をぐるりと歩き回った萌々子は、うーん、とあれこれ見比べた後で、黒たまご販売所の列に並んだ。
　そうして買い込んだのは、自分が食べる分と、それからお土産にする予定の黒たまご。桜花寮の寮母さんや、遠足には来ていない他の学年の皆にも、この黒たまごを味わってほしいと思う。
　そんなくろたまご館のお土産売り場で、響 蒼留人も同じように、うろうろと歩き回っていた。

（土産は何にしようかな？）

　どうせ買って帰るのなら、下手な小物や謎の置物も面白いだろうけれど、やっぱり食べ物がいいかな、と考える。オーソドックスだし、種類も方法だし、持ち帰りやすいし、貰った相手も困りにくいのではないだろうか。
　何しろ箱根の名物は黒たまごの他にもたくさん、お菓子から食事系、飲み物系まで色々と揃っている。ゆえに、お土産を渡すべき相手、渡したい相手を頭の中で数え上げながら、蒼留人は目についたお土産屋さんを覗き込んだのだった。


◆
「あー、いい休暇だった！」

　うーん、と大きく伸びをして、真境名 アリサはしみじみと今日1日を振り返った。
　仕事がオフの今日、いつもなら住んでいる寝子島でオフを過ごすことが多いのだけれど、たまには旅行にでも行ってみようか、と1度も訪れたことのない箱根へやって来たアリサである。そうしてメジャーな観光スポットを巡り歩いた1日は、なかなか悪くなかったのではないだろうか。
　もちろんいつもの、寝子島スポーツセンターのプールで泳いだりといった自分磨きの休日に、不満があるわけではないのだけれど。何というか、自分磨きは仕事の延長といった側面があるので、純粋な休暇とも言い難いのだ。
　そんな事を取りとめもなく考えてから、寝子島と言えば、とアリサはこっくり首を傾げた。寝子島から遠く離れた――何しろ電車やバスを乗り継いて2時間半はゆうにかかる――箱根だというのに、どうもあちこちで寝子高の子達を見かけたような――芦ノ湖で会った女子高生もそういえば寝子高の制服だったし。

（――遠足か何かかな）

　浮かんだ疑問をそう自分の中で結論付けて、アリサはまた大きな伸びをした。そうしてどこかの温泉で汗を流してから寝子島へ帰ろうと、観光ガイドを引っ張り出したのだった。