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　その頃、アーケード街。
「いい加減倒れなさいよ！」
　飲食店跡のカウンター裏から、アリサがマスケットを撃ちまくった。
　一発が尻に着弾、ピエロがまさしく尻に火がついたように跳び上がる。不機嫌そうに振り向いたピエロの手が、見えないドアノブを掴む。
　サキリのナイフがそれを妨げ、避けられたナイフを海が加速させてもう一度当てに行く。
　ピエロが作った壁にナイフが突き刺さり、引き抜いて投げ返そうとしたところをクリストファーとアリサの銃撃が妨害。
　ピエロが壁にひっこむと、複数の分身が周囲に出現。一斉にジャグリングを始め、無数のナイフがアーケードに乱れ舞う。
　頭上を次々掠めるナイフをやりすごしたアリサが、カウンター越しに手当たりしだいに分身を撃ちまくる。
　海が自分自身を加速させ、横っ飛び気味にナイフを回避。続けて飲食店に放置されたままのフライパンを加速させてピエロを叩く。
　サキリは『斬空赤刃』を発動して回避、そのまま分身の背後へと周り込んで斬り捨てる。
　その一瞬の硬直を狙い、ピエロ本体が迫る。その手には、唸りをあげるチェーンソー。
　赤光帯びた刃が回転鋸歯を受け止め、凄まじい音と火花が飛び散った。ビキ、と手応えを感じさせる音がサキリの耳に届くが、チェーンソーが折れる気配はまだない。
　ピエロの肩越しに見えるグッズショップから、チカチカと光が放たれる。
　それを合図に、サキリは再度転移。ピエロの背後へまわりこみ、ヤツが振り向く前にさらに転移。
　サキリを追って振り向く隙を顕にしたピエロだけが、グッズショップから伸びる射線上に取り残された。
　グッズショップの中央、ボロボロのぬいぐるみが積まれた台からメモワが顔を出す。
「ショ～タ～イム、ってヤツかしらぁ？」
　メモ我が腕を掲げると、台に仕込まれていたボウガンとマスケット銃が放たれた。
　とっさに壁を作ろうとするピエロ。
「させないわよ！」
　その腕をアリサに撃ち抜かれ、壁を作る動きがわずかに、そして致命的に遅れる。
　ボウガンとマスケットの一斉射を受け、派手に吹っ飛ぶピエロ。アクション映画バリの受け身をキメたその手には、再びチェーンソーが握られている。
「まだまだあるわよぉ？」
　吹っ飛ぶ位置を計算に入れていたのだろう、メモワの合図でさらに右方向からボウガンを発射。
　左に飛び退くピエロ。しかし、サキリが転移で追いかける。足首を刈り取る一閃。
　盾にされたチェーンソーが音を立てて砕け散り、ピエロが目を見開き、大口を開けて驚愕する。
　その隙だらけの背中にアリサがマスケットを撃ちまくり、海が周囲の雑貨類を加速させて投げつけた。
　ピエロは階段で遊ぶバネ状玩具のような動きでかろうじて身をかわし、パントマイムの動きに入る。
　しかし演技が始まるその前に、メモワたちドールがその手足を拘束した。
「よし！　そのまま押さえてなさいよ！」
　身動きの取れなくなったピエロに、アリサがマスケットの銃口を突きつけ――、
「ちょっと待って！」
「ちょっと待ったー！」
　それを制したのは、タルトと夏朝の二人。少し遅れて紫苑もやってくる。
　夏朝がもがくピエロに歩み寄り、優しい声音で呼びかける。
「ピエロさんはこの場所の記憶にずっと縛られてたんだね」
　サーカスの事故がきっかけで心を病み、凶行に走った座長をピエロは命がけで止めた。
　その結果として座長の命を奪うことととなり、それが事件の記憶と混ざり合ってこの土地に刻み込まれてしまった。
「座長さんを前もって止められなかった、気づけなかった後悔もあって……って感じかな？」
　一種の自罰として、ピエロ自身がそれを受け入れてしまったのも原因の一つなのかもしれない。
「ピエロにはみんなを笑顔にする力があるんだよね？　事件の前は、ピエロさんも遊びに来た人たちを笑顔にしてたはずだよね」
　しかし今のピエロは笑顔にすることもなければ、彼自身が笑顔になることも決してない。
　タルトの言葉を夏朝が継いで、
「もうこれ以上、縛られなくてもいいんだよ。猫さんなお船で、一緒に行こう……？　そうしたら、きっと――」
　言い終える前に、ピエロの身体がビクンと跳ねた。
　赤黒く濁った人型の塊のような何かが、ピエロの身体からずるりと溢れ出す。スーツを纏った男の姿にも見えるソレは、嘆きと怒りが入り混じった呻きをあげていた。
　おそらくソレは、事件の記憶の核とでも言うべきもの。
「もういいでしょ」
　ピエロに突きつけていた銃口をずらし、アリサがそいつを撃ち抜いた。
　絶叫のような囁くような断末魔を残して塊が消滅すると、ピエロの体は力をなくしてぐったりする。
　直後、外から響くメキメキというすさまじい金属音。
　外に出た面々の目に映ったのは、コースターのレールから開放されていくラグドール号だった。

◆
　ややあって、まだテーマパーク上空のラグドール号。
　船室のひとつ寝かされていたピエロが、ぱっちりと目を開けた。
　きょろきょろと周囲を見回したピエロは、ラグドール号に乗った面々が自身を見つめているのに気づいてニッコリと笑みをみせた。
　歯を剥き出しにするようなものじゃない、普通の笑みを。
　それから懐をゴソゴソと探り、取り出したのは細長い風船が一つ。丁寧に膨らませ、結んで形作ったのは一輪の花。
　まるでプロポーズのようにそれを差し出す姿には、恐ろしい殺人ピエロの気配はもうどこにもなかった。
　そんな彼の様子を眺めながら、メモワが呟く。
「こうしてみると、ピエロも案外怖くないわねぇ」