幽霊猫とお化けの国　第三幕：惨劇道化のショータイム｜リアクション

幽霊猫とお化けの国　第三幕：惨劇道化のショータイム

◆
　『死音』で音を消し、巫部紫苑は文字通り音もなく観覧車の一番下のゴンドラに忍び込んだ。
　ゴンドラからゴンドラへすり抜けながら上っていくと、窓ガラスの内側にこびりつく黒ずんだ汚れが目に留まる。
　微かに漂う、錆びた金属のような臭いが鼻をさした。
（これは……血、でしょうか）
　だとしたら、事件があったのは確かなようだ。
　そのまま、頂上のゴンドラまで上っていく。
　小さい観覧車とはいえ、上からの眺め自体はなかなか。こういうところに来る機会もめったにないから、こんな状況でなければもう少し楽しめただろうか。
　そんなことを思いながら、眼下の景色に目を向ける。
　ミラーハウスとサーカステントに向かう人影を認め、そのまま視線を巡らせる。
（あら？）
　一度通り過ぎた視線を戻し、ティーカップの辺りを見つめる。
（今、いくつか人影が見えたような……？）
　ラグドール号の面々とは違ったような気がするが。
　そんな紫苑の思考を、ゴン、と響く音が遮った。
　振り向けば、ハト――の形をしたバルーンが、ゴンドラに体当たりを繰り返している。
　一羽、二羽。少しずつ数が増え、三羽、四羽。
（ちょっとまずいかもしれないですね）
　ゴンドラをすり抜け、様子をうかがう。こちらを完全に捉えているわけではないのか、追ってくる気配はない。
　気付かれてしまう前に、紫苑はゴンドラを後にした。

◆
　ハトのバルーンの群れを振り切って、夏朝はミラーハウスへと駆け込んだ。
　中の鏡のほとんどには、物を叩きつけた痕が残っていた。割れ目に触れないように、夏朝がそっと鏡面に指を滑らせる。
　たらり、と。
　粘つく赤黒い液体が一筋、ヒビから滴った。
「なに……っ！？」
　慌てて指を離した直後、吐き出すように液体が溢れる。鉄っぽくも生臭い臭いが鼻をさし、滴る液体が足下に溜まっていく。
　飛び退いた夏朝の周囲は、足下だけでなく周囲の鏡がすべて赤く染まっていた。鏡の中に、横たわる人の姿がいくつも見える。
（もしかして、これがこの土地の記憶？）
　鏡の中へ声をかけようとした瞬間、斧を手にした男が鏡の中を横切った。
　斧も、衣服も、頬も、どこもかしこも血に塗れた男が、横たわる人々に向けて斧を振りかぶる。
　直後、どこかで鏡の割れる音がした。
　元に戻った視界のどこにも、横たわる人影も、斧を持った男も見当たらない。
「……今の男が、土地の記憶の……事件の犯人？」
　ピエロの格好をしていなかったということは、犯人とピエロは別人なのだろうか？　単に犯行時メイクをしていなかっただけ、という可能性もあるが。
（響さんがテントに行くって言ってたっけ）
　そちらで何か手がかりがつかめれば、今見えたものの正体もはっきりとするだろうか。

　その頃、響タルトはサーカステントに足を踏み入れていた。
　この場所でどんな事件が起きていたとしても、その形を取るからにはあのピエロと関係があるはず。そしてピエロと言えばサーカスだ。何か手がかりがあるに違いない。
　テントの中は、観客席がステージをぐるっと囲む造りになっていた。ステージを中心に、観客席を扇形にわけるように通路が配置されている。
　通路を進んでいくと、タルトから見て左側の最前列辺りにテープがひかれているのが目に入った。
「何だろ？」
　座席をすり抜けて向かう。ギリギリ黄色とわかる程度に汚れたテープの向こう側に、ひどく破損した座席ばかりが並んでいた。
「これは派手だねえ～」
　パッと見、何かが降ってきて直撃した……といったところだろうか。少なくとも事故があったのは間違いないだろう。
　しかし、これだけで閉園やあのピエロにつながるとは思えない。
　記録か他の幽霊でも出てこないかと、テントの奥へと進んでいく。すると行き当たったのは、控室と思しき小さな部屋だった。
　しかしその中は壁と言わず床と言わず、そこらじゅうに斧でも振り回したような跡が刻まれている。道化衣装らしき服がかかったハンガーラックが真ん中あたりでへし折れ、棚や机は叩き壊されていた。
「これはどう見ても事件の跡だよねー。日記とかないかな？」
　邪魔な物はゴーストボディですり抜けながら、棚をひっくり返したりして調べていく。すると右手側からバキバキと異音。
　舞い上がったホコリを、咳き込みながら払いのける。崩壊した棚の残骸のすぐそばに、小さな本が一冊落ちているのに気がついた。
「おっ、これってもしかして？」
　拾い上げ、表紙のホコリを手で払う。思ったとおり、日記で間違いないようだ。長いこと放置されていたせいだろうか、指先に触れるページはガサガサに乾いている。
　破ってしまわないよう、タルトは慎重にページを開いた。

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