梅雨を歩こう｜リアクション

梅雨を歩こう

　朝から小雨が降っていた。静かで控え目な、霧と見間違うくらいの細やかな雨だった。
　
　佐藤英二は桜花寮の自室の窓から、庇の先にぽたぽたと滴る雫を眺めていた。
「梅雨時だけあって雨がよく降るなぁ」
　だからと言ってとくべつ落胆することもない。
「今日は休みだしのんびりと過ごそう」
　いつも通りの淡々さで部屋の中を振り返る。
「外は雨だし……この機会に積みプラモを消化しよう」
　外がダメなら、中で遊べばいいじゃない。視線の先には、天井近くまで高く積まれた菓子箱サイズのカラフルな箱たちがいた。買った後、手付かずのままなプラモデルたちだ。側面には様々な機体と、その機体名を示す重厚感のあるロゴが描かれている。英二は、どれにしようかな、と指さしし、
「よし、大分前に買った『ニャクⅠ指揮官機』を組んでみよう」
　と中段にあった箱をジェンガよろしく取り出す。
　ニャクは、ニャンダムという名アニメに登場する敵機だ。
　指揮官機と冠するだけあって英二がこれから作ろうとしている『ニャクⅠ指揮官機』は一般の機体より装備などが充実していてそこがマニア心を擽られるのだ。
　作業のお供に、と英二は作業に先駆け、音楽をかけることにした。
　ここはもちろんニャンダムの曲だろう。
　歴史あるニャンダムの主題歌曲集にしよう。
　部屋に曲が掛かるとそこはもうニャンダムワールド。
　やる気も温まってきた。
　箱を開ける。この瞬間が一番好きだ。わくわくする。
　一番上に乗っている細かい字の組み立て説明書を取り除け、その下に詰まっているプラスチック製の部品を丁寧に取り出して並べる。部品はランナーと呼ばれる枠に繋がってシートのようになっている。一しきり並べると、それを眺める。ここも、わくわくする。
　それから説明書を見て、すべてのパーツが揃っているかチェック。大丈夫だ。
　このあたりから職人の気持ちになってくる。
「塗装は晴れた日の方がよいから後日だよね。今日は組むだけにしよう」
　とっくりと説明書を読みこんで、ニッパーで部品を切り離していく。
　切り離した後の接続部の突起はやすりで処理する。
　小さい部品はピンセットで摘まんで、手の脂が着いたり無くなったりしないように、丁寧に紙の上に並べる。
　こういう作業の一つ一つが億劫な気がしてつい積んでしまうのだが、
「何だかんだ言って組み出すと楽しいな」
　そういうものなのである。
　雨に感謝だ。魂に刻まれた主題歌をＢＧＭに、鼻歌を歌いながら集中できるのは雨のおかげだ。
「そういえば、この間、配信にチャレンジする羽目になったけど、今となっては楽しかった気がするなぁ。まぁ、未だに気恥ずかしくはあるけど」
　視聴者の立場で何か配信を視聴するのも良いかもしれない。
　英二は作業のＢＧＭになりそうな配信を開いて流しながら作業を続ける。

　気づけば何時間もたっていた。
「……うん」
　満足げに英二は頷く。
　英二の机の上には、色のついていないニャクⅠ指揮官機が、勇壮に立っていた。

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