文房具まつりがやってきた！｜リアクション

文房具まつりがやってきた！

　光村千恵は、文房具祭りを開催する寝子電スタジアムに到着し、大きく息を吸い込んだ。
　６月の日曜。日差しは強くなり始め、夏の訪れを予感する季節だ。入り口で係員にチケットをちぎってもらい、奥へ進むと透明なショッピングバックと会場マップを渡される。
「本日はご来場まことにありがとうございます。お買い求めの品物は、こちらのバックに入れて、会場をお巡り下さいませ。お会計はレジエリアにて一括でお願いしております。では、どうぞごゆっくりお楽しみ下さい！」
　係員にお辞儀をして、千恵はうきうきと歩き出した。

（同じ透明でも、学校のプールバックとはちょっと違ってお洒落だよね！　ドロボウしない為とは分かっているけど……夏らしくていい感じ）

　広いスタジアムの中、所狭しと並ぶ文房具店の数々。
　千恵はお小遣いを入れたポシェットを触りながら、何を買おうか考え始めた。

◆

　同じ頃、響タルトはというと。
　自らが星幽塔で営む画材店の目玉商品になりそうなものを探して歩いていた。
「いいねいいねー。あんまり高いのは対象外だけど、こんなにたくさんあると迷っちゃうなぁ」
　自分で使ってみて気に入った物をお客さんに勧めたいと思っていたタルトは『クレヨン試し書きできます！』という看板を掲げた店の前で立ち止まった。
「すみません、試し書きをお願いします」
　店員はうなずき、まずはと実演してくれる。
「通常の描画はもちろん、多色を使った上に、黒を塗り重ね、細い物でひっかいたりしますと……」
　黒の下から虹色が見え隠れする様に、タルトは目を見開いた。
「おぉ……という事は、この箱一つでいろいろ出来ますね？」
「勿論です。指で塗り広げたりティッシュでこするとまた、表現の幅が違ってまいります。お時間の方、よろしければぜひ……」
「はいはい！　やります、やりまーす！」
　タルトは、店員の勧める紙とクレヨンを思う存分堪能したのだった。

◆

　――休む暇も無かった筈なのに、休日って意外にヒマね。

　それが、深林真瞭の正直な感想であった。
　所属していた楽団を去り、ソリストとして活動していくと決めたのは去年のこと。
　幸い仕事は途切れなかったが、逆に休みもなかった訳で。久々の休日にぼんやり見ていたＳＮＳで文房具祭りを知り、来てみたのだ。
　まずは、近くにある『株式会社猫の穴』という店に立ち寄ってみる。
「あら、このスケッチブック……選べるんですね。表紙とリングの色を」
「はい、こちら弊社の大人気商品でございまして。今なら２４色色鉛筆とセットでご用意しておりますし、もちろんスケッチブック単品もございます」
　紺の表紙と銀色リングの商品に手を伸ばした時、他の小さな手とぶつかってしまった。
「まぁ、ごめんなさい」
『こちらこそ、ごめんなさい』
　茶色の髪をサイドテールに結った少女――海だ。文字を書いたスケッチブックを手に、ぺこりと頭を下げた。
「どうぞ、お先に選んで下さいな」
『いえ、そちらこそお先にどうぞ』
　真瞭と海はしばらく譲り合ったが、埒があかないので真瞭が先に商品を取ることにした。
　スケッチブックと色鉛筆のセットをショッピングバックに入れて貰っていると、海がスケッチブックを複数選び、他にも画材に視線をやっているのが分かる。
　普段使いしているようだから、たくさん必要なのだろうか――と考えて、はたと思いついた。

（彼女は詳しそうだし、色鉛筆以外にも、何かお勧めの画材を教えてもらえるかもしれない）

　真瞭はヴァイオリン奏者として、気分転換や演奏のインスピレーションを得るために、絵を描くこともある。
　普段は色鉛筆だが、たまには他の画材もいいだろう。真瞭は海の買い物が終わるのを待って、声をかけることにした。

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