水中光芒｜リアクション

水中光芒

　水平線から指先ひとつ分の白い雲の波。
　六月、梅雨の合間の晴れた空をかもめが二羽、心地よさそうに羽ばたいている。
　びゅうっと風が吹いた風に乗って、二羽のかもめは同じ方向に翼を傾け高く高く舞い上がってゆく。
　空気の匂いが何だか違う、と桜井ラッセルは思った。神魂か何かの影響で島中の猫たちが旧市街で集会中で、このあたりからすっかり姿を消しているせいだろうか。隣を歩く影野アヤトの横顔をそっと盗み見る。なんにせよ彼にとっては良いことだ。猫アレルギーを気にせずに済む。
　アヤトからは猫除けにつけているシトラスの香りがふわりと香ってくる。
　そもそもアヤトが外出すること自体が珍しいことなのだ。この島に引っ越して来てから登校中に何度かダウンしてしまい、以来あまり学校にも行っていない。そんな彼が一緒に出掛けてくれるというのだから、それはもう望外の喜びである。
　行き先はシーサイドタウン駅の向こう、マリンパラダイス。
（一応……だよな。人前でする気はねーけど。でも楽しみたいな。アヤトはどう思ってんだろ）
　脳内ですら言葉にするのが恥ずかしくて、Ｄから始まる四文字の英単語を敢えてぼかす。
　もう一度横顔を盗み見ていると、視線に気づいたアヤトが微笑んだ。
「水族館なんて久々だぜ」
　アヤトの機嫌は良さそうだった。
　だからラッセルも嬉しくて、にやっと笑って肩をぶつける。
「俺も水族館くるの小学生以来なんだ。１日めえいっぱい満喫して楽しんでもらうぞ」
「ま、せっかくのお誘いだし、楽しませてもらおうかな！　こうやって二人で出歩けるのも嬉しいことだしな」
「！」
　『二人で出歩けるのも嬉しい』――さり気ないけれど木漏れ日の光みたいにあったかくてやさしい声がラッセルの耳朶を打った。おなじ気持ちでいることが分かって、思わず顔中に笑みが広がる。
「俺も、一緒に周れるのすっげー嬉しい」
　アヤトはそれを満足そうに見ていた。人懐っこいくせに照れ屋で臆病で心配性なラッセル。ラッセルがアヤトが喜んでくれるか気にしているのと同じくらい、ラッセルを喜ばせてやりたいとアヤトも思っているのだから。