水中光芒｜リアクション

水中光芒

　一通り見て回り疲れを感じ始めたころ、見計らったように併設のオーシャンカフェの看板が見えた。
　いい感じに足が棒だ。
　入ろうと言葉を交わす必要もなかった。
　案内された席は窓際で、広々とした窓から海がよく見える。
「ふぅ、落ち着くー。歩いたなー。楽しかったなー。アヤトは？」
「俺も。結構楽しかったな。こーゆーとこくるの久々だ」
　アヤトがそう言ってくれて何よりだ。メニューと睨めっこしたのち、ラッセルはご飯がイルカの形に盛られているというイルカハヤシライスと、クラゲのマドラーのついたブルーのパフェを注文した。アヤトはシンプルなバニラアイスだ。
　注文の品が届くと、ラッセルは「シェアしよ」と言って、イルカハヤシライスを半分取り皿に取り分けてアヤトに渡した。
「いっただきまーす。……うん！　美味い！」
「ほんと美味そうに食うよな」
「だって美味いんだもん。ほら、アヤトも食べてみろって」
　促されるまま、アヤトはゆるりとした動作でハヤシライスをスプーンで掬って口に運ぶ。
「……美味いな」
「だろ？」
　なにか自分の手柄みたいに、どうだ、という顔をしてみせるラッセルに、アヤトもつい笑顔になる。
「たまにはこうやって外出ってのも良いよな」
「俺は今日一緒に来れただけでも嬉しいけど」
　それは本心だ。
　自分たちの関係は、打ち寄せる波と浜辺みたいに、繰り返し離れ再会して育んできたもので、永遠のものではないかもしれないとは薄々勘づいている。心が離れるとは思わないけれど……いつまた引き波のように遠くなってしまってもおかしくない。
　だからこそ、今日のこの時間が貴重で大切だと分かるのだ。
　アヤトもそれは分かっていると思うが、次の言葉はまるで『日はまた昇るのは当たり前だよね』と言うのと同じくらいのんびりとしたごく日常的な調子だった。
「そのうち、またどこか行くか？」
　『そのうち、また』。
　驚いて、一瞬飲み込むのに時間がかかって、それからラッセルは大急ぎで頭を働かせた。
　次があると思ってくれているのか。
　そう思うと顔がにやける。
「次かー……」
　次のときにまた、今日のように猫の集会が開かれるような奇跡が起きるとはなかなか期待できない。彼の体質を考慮するともれなく室内だろうかと思案していると、アヤトはその気遣いに気付いて笑む。
「確かに猫アレルギーは酷いが、全く外に出れないわけじゃないよ。芸術鑑賞やスポーツも好きだから。美術館とかも好きだし」
　それを聞いたラッセルの顔が華やいだ。
「美術館いいよな！　アヤトが惹かれる題材がきたら一緒に行こうぜ」
「ああ」
　頷き、思う。
（行きたいところはたくさんある。それに……時間は有限だ）
　アヤトは自分が行きたいところに行くより、彼が行きたいところに行ってみたいと思った。
　彼が喜ぶことが自分の喜びだと思った。
　だから尋ねる。
「桜井はどこ行きたい？」
「そうだな……あ、スカイダイビングとかは？　遊園地いくなら絶叫系平気だって言ってたじゃん。アヤトの空手の腕前もみてぇし道場に見学って手もあるかもなー」
　また気遣ってくれてはいるけど。
　もしかしたら本当は、場所なんてどこでもいいのかもしれない。
　一緒の時間を過ごせるのなら。
　アヤトはアイスの最後の一口を舌の上で溶かすと、頬杖をついてラッセルが食べ終わるのを眺めた。
　半分イルカのハヤシライスと、クラゲのマドラーのついたブルーのパフェ。
　ラッセルは美味しそうに平らげてゆく。
　あまりに見つめすぎてしまったせいか、きょとんとした顔でラッセルが首を傾げた。
「なに？　どこかにご飯粒付いてるか？」
「いや。大丈夫。なんでもない」
　まさか言えない。
　この時間が幸せ過ぎています、だなんて。

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