輝くような、普通の日｜リアクション

輝くような、普通の日

　◆第三章「浅葱眼鏡店、営業中」

「……ふむ……」

　とある日のお昼。
　旧市街の一角にある小さな眼鏡屋、『浅葱眼鏡店』で店主の浅葱あやめが店内の整理をしていた。
　今日はお客様の入りも少なく、今なら売り物の整頓が出来るだろうと思ってのこと。

　しかし、突如あやめの目にキラリと光る何かが映り込んだ。
　何かが起こったのか？　そう思ってそっと外を伺ってみると……入り口をするりと入り込んできた、飼い猫のハシバミがいた。
　今の光はもしかしてフラッシュ撮影だったのかと心配そうにハシバミを目で追いかける。

　暖かな日差しに、くあ、と大きく欠伸をしたハシバミ。
　がしがしと顔を洗っている様子を見て、大丈夫そうだなとほっと一安心。再び整頓作業のために商品に向き直る。

　だが次の瞬間、あやめの耳にとてもダンディな声が飛び込んできた。

『やれやれ……なんだったんだ、今のは』
（っ……？！）

　今の声は誰だろうと振り向いてみても……そこにいるのは、ハシバミ。
　気の所為だったかなともう一度商品に向き直れば、またしても聞こえてくるダンディな声。

『なんでまた、急に身体が光り出すんだよ……。ったく、また前みたいなことになってんのか……？』
（……喋って、る……？？）
『身体は……なんともねぇな。よし』
（……落ち着け、落ち着くんだ、僕……）

　――やっぱりどう考えても、ハシバミが喋っている！
　その事実があまりにも衝撃的すぎて、あやめは少し平常心が保てなくなっていた。
　頭の中で落ち着けと連呼することで、なんとか平静を保つことに成功する。

　いろいろと小言をつぶやきながらも、定位置であるカウンターへ向かうハシバミに困惑しているあやめ。
　出来る限り、彼の言葉に反応しないように冷静に、努めて普段どおりに仕事を再開した。

『ふー……前みたいに乗っ取られたら敵わんが、まあここにいりゃなんか起こってもアレがなんとかするだろ』
（アレ……って、僕のこと、かな……）
『神さんがどうとかどうでもいいんだよなあ。だらだらした飼い猫生活をしたいだけなのに』
（あ、そうなんだ……？）

　なかなか聞くことが出来ないハシバミの本音に耳を傾けながらも、整頓を続けるあやめ。
　ちょっぴり悪いことをしている気分になって焦ってしまってはいるが、出来る限り平静を装った。

　あのご飯は美味しかったからまた食べたいだの、あの玩具はちょっとイマイチだの、色々な小言がハシバミから聞こえてくる。
　そんなにいろんなことを詳しく覚えているんだと驚くあやめは、もう少しハシバミの声に耳を傾けた。

『……しかし、霊界と繋がったか……。昔馴染みがちょっかいかけたりしてこなきゃ、いいんだが……』
（霊界……やけに、訳知りの様子だけど……）

　そういえば、とハシバミの年齢を思い出すあやめ。
　長らく彼と一緒に暮らしているために、ハシバミの年齢がいまいち思い出せずにいた。
　出会った頃から落ち着いていて無愛想な様子だったが、さて、彼の訳知りの理由は……？

『んあ……ちょいと眠くなってきちまったなぁ。どうせアレがいるし、ちょいと一眠りすっかなあ……』
（あ……もう、寝ちゃうのかな……？）

　独り言が終わったハシバミの様子を伺うために、そっとカウンター下を覗き込んで見る。
　あやめと目線が合ったハシバミは、くぁ、と欠伸をしていて微睡んでいた。

　こうして、浅葱眼鏡店の奇妙な１日は謎を残したまま営業が続いた――。

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