寝子島写生大会｜リアクション

寝子島写生大会

●最後の贈り物

　三宅葉月は九夜山頂上にある展望台にやってきた。
　ここに来たのは『寝子島写生大会』の告知を知ったから。彼女は今年の秋には海外留学の予定が控えている。すでに諸々の手続きを進めており、順調に準備が整っている。

（もっとも、その前に立ちはだかる壁……）

　それは葉月の父。　
　経営者としては祖父に及ばず、そして娘は芸術面での才能を祖父から受け継いだ。そのことに身を焼くほどの嫉妬と憎悪に苛まれている、哀しき人だ。

（いずれ遠からず直接対決することになるだろうけど）

　ともあれ、寝子島での日々は残り僅か。
　そんな折、『寝子島写生大会』のことを知った彼女は、当然のように参加申し込みをして現在に至る。
　一度留学のために寝子島を出たら暫くはここに帰ることも無くなる。

（そう、今こうして見ている景色が、次に戻ってくるときに今日と同じままであるはずはない）

　今回の大会は絵のテーマとして、またたび市動物園、九夜山頂上展望台、キャットロードの３か所がある。そのなかで九夜山頂上展望台を選んだ。どこも魅力的ではあったが、今回彼女は島の全てを描きたかった。
　九夜山を登り、木々の香りに触れながら頂上に辿り着くと、麓の街並みが目の前に広がっていた。旧市街もシーサイドタウンも星ヶ丘も見える。そして四方を囲む海。青の中に落ちていくような、高く深い空。
　ここなら寝子島の全てがある。彼女はそう感じた。葉月は絵を描く場所を決めると、これらを全て自分の色鉛筆の筆先から紡いでいく。

　徐々に出来上がっていく街並みは、これまで自分が過ごした世界。過ごすうちに変わったものもあれば、変わらずに残り続けているものもある。そういったものを描きながら、葉月はふと思う。

（私がこの島で過ごしたのは、１８年の人生の中でわずか３年と少し。でもその一日一日は何十年にも匹敵するような時間だった）

　旧市街やシーサイドタウン、星ヶ丘や寝子島高校など。
　そこで体験した出来事がひとつひとつ胸の内に思いがけず鮮明に浮かび上がる。それらを一つ一つ織り込むようにして風景画を仕上げていく。

（これは私からの寝子島への、最後の贈り物）

　葉月はその思いを目の前の紙に精一杯込めた。

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