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- 学年：職業
- 00月00日生 00歳
- AAA000000
催花雨。濡れそぼつ。
【運命の足音】
雨は滑らかに記憶を呼び覚ます。地面や窓を打つ雨音や、あるいは肌に冷たい雫の感触が、体験の衝撃と紐づくのだろうか。
部屋を見回す。同居人の姿は無い。何とはなしに時計を確認する。今頃は似合わないミニドレスに小さな身体を包み込み、泡立つグラスを見知らぬ男のそれと鳴らしていたりするのだろう。そうして彼女は、自分の知らない微笑みを浮かべているのだろう。
というのはあくまで想像で、彼女の業務内容を事細かに確かめたことなどなかったが。
雨音は一定のリズムを刻む。窓辺に立ち、ガラスを伝う雫たちが短い旅を終えるのを見届ける。その向こうでは宵の暗さが街をくまなく満たしていた。
ふらつきを覚え、ガラスに額を軽くぶつける。
時分の感覚は、かろうじて残っている。しかしあの日から数えて、幾日が過ぎたのだろうか。もはや朝鳥 さゆるの時の流れは曖昧だ。あれから何日？ あるいは、何週間？ 何か月？
雨音は記憶を呼び覚ます。決まってそれは鮮明な映像であり、刃が人体へ滑り込む生々しい触感を伴っていた。
記憶とは一つの出来事によってのみ構成されるものではない。事象には発端があり、導き出された結末からは新たな事象が生まれてゆく。
記憶は前後に繋がっている。一つの記憶を思い起こす時、付随して呼び起こされる記憶もまたあるものだ。
あの日、あの時、さゆるが人体を刃で幾度も貫いたその瞬間、さゆるが目にしていたものは眼前の何某などではなく、地下室におびただしく散った鮮血とその持ち主の悪鬼めいた凶相、忘れがたい愛を注いだ『彼』の顔が苦悶に歪む様と、握り締めたナイフが肋骨の合間を滑り抜ける肉の感触だった。
あの日同居人の同僚を捕らえて時代錯誤にも売り飛ばそうとした、あの……リーゼント頭の……何といったかまるで思い出せないが、あの小物を幾度となく刺し貫いたのはそんな記憶に刺激されてのことだったろうが、それでも男が致命傷には至らずさゆる自身も正当防衛で不起訴となるに留まったのは、真に殺意を向けるべきはあの男そのものではなかったからかもしれない。自然と手が緩まったのかもしれない。あんな男などどうでも良かった、社会的に大罪人ではあれどさゆるにとってその行状を顧みるに値しないし、殺意を向ける価値もない。
捕らえられたのが同居人その人であったなら、話は違っていたかもしれないが。さゆるは彼女のあけっぴろげな笑みが自分の胸へ思いのほか染み渡りつつあることを自覚していた。
捕らえられたのが彼女であったなら、あたたかくさゆるを包み込む、あの発育不良気味ながらに愛おしい肢体へ爪傷一つも刻んでいたなら、リーゼント男は罪を償う機会もなく息絶えていただろう。
「……じゅん」
だからこそ、だ。さゆるは心に決めねばならなかった。
『あの女』だ。あいつは言ったのだ。
『あなたに関わる人間は全員、必ず破滅する』と。
自ら手を下すまでもなく、さゆる自身の運命がそうさせるのだとあいつは言ったのだろうが、言下にはこうも言い含んでいたはずだ。
『必ず破滅させる』。
それを裏付ける行動を、あいつは繰り返してきた。幾度となく肌を触れ合い絡み合ったからこそ、読み取れることもあった。
今、さゆるの自室は、あいつに占拠されたも同然だ。だからこそ今はこうして、信頼のおける同居人のもとへ転がりこんでいる。
「ああ。でも、そう。あいつの言うとおり……」
人身売買組織などという現代日本にそぐわない、しかし確かに未だこの世へ息づく闇の一つをその手で破滅へ追い込んだのは、さゆるを取り巻く運命がゆえにだろうか。奇しくもあいつのうそぶくとおりではないか。
一体次は誰を、自分は破滅させるというのか。
「……だから、何だっていうのよ」
しかし、ああ、そうだ。
そうなのだ。
窓を開く。雨粒が直にさゆるの美貌を叩き、なぞってゆく。
そのたび高まってゆくのを感じる。
衝動が。
「そう。ああそう。あたしが全てを破滅させるのね。そうなのね。だったら」
運命。知ったことか。さゆるの胸へ黒い怒りが満ちてゆく。雨音が鳴るたび。雫に打たれるたび。
染まってゆく。
「次に破滅するのは……あんたと、あたしよ」
道連れにしてでも。
雨はささやく。簡単じゃないか。
運命が決まっているのなら、利用すればいい。避けられないというのなら……。
「じゅん」
同居人の名を呼んだ。無性に彼女に会いたかった。
「じゅん……じゅん」
『私はあんたのすべてを知っているわけじゃない。たぶん、理解しきることもできない……でもわかって、あんたは私の……私の』
「じゅん……！！」
雫を弾き、食らいつくように厚い雲を睨んだ。
破滅するのは、あんたと、あたし。
雨は滑らかに記憶を呼び覚ます。地面や窓を打つ雨音や、あるいは肌に冷たい雫の感触が、体験の衝撃と紐づくのだろうか。
部屋を見回す。同居人の姿は無い。何とはなしに時計を確認する。今頃は似合わないミニドレスに小さな身体を包み込み、泡立つグラスを見知らぬ男のそれと鳴らしていたりするのだろう。そうして彼女は、自分の知らない微笑みを浮かべているのだろう。
というのはあくまで想像で、彼女の業務内容を事細かに確かめたことなどなかったが。
雨音は一定のリズムを刻む。窓辺に立ち、ガラスを伝う雫たちが短い旅を終えるのを見届ける。その向こうでは宵の暗さが街をくまなく満たしていた。
ふらつきを覚え、ガラスに額を軽くぶつける。
時分の感覚は、かろうじて残っている。しかしあの日から数えて、幾日が過ぎたのだろうか。もはや朝鳥 さゆるの時の流れは曖昧だ。あれから何日？ あるいは、何週間？ 何か月？
雨音は記憶を呼び覚ます。決まってそれは鮮明な映像であり、刃が人体へ滑り込む生々しい触感を伴っていた。
記憶とは一つの出来事によってのみ構成されるものではない。事象には発端があり、導き出された結末からは新たな事象が生まれてゆく。
記憶は前後に繋がっている。一つの記憶を思い起こす時、付随して呼び起こされる記憶もまたあるものだ。
あの日、あの時、さゆるが人体を刃で幾度も貫いたその瞬間、さゆるが目にしていたものは眼前の何某などではなく、地下室におびただしく散った鮮血とその持ち主の悪鬼めいた凶相、忘れがたい愛を注いだ『彼』の顔が苦悶に歪む様と、握り締めたナイフが肋骨の合間を滑り抜ける肉の感触だった。
あの日同居人の同僚を捕らえて時代錯誤にも売り飛ばそうとした、あの……リーゼント頭の……何といったかまるで思い出せないが、あの小物を幾度となく刺し貫いたのはそんな記憶に刺激されてのことだったろうが、それでも男が致命傷には至らずさゆる自身も正当防衛で不起訴となるに留まったのは、真に殺意を向けるべきはあの男そのものではなかったからかもしれない。自然と手が緩まったのかもしれない。あんな男などどうでも良かった、社会的に大罪人ではあれどさゆるにとってその行状を顧みるに値しないし、殺意を向ける価値もない。
捕らえられたのが同居人その人であったなら、話は違っていたかもしれないが。さゆるは彼女のあけっぴろげな笑みが自分の胸へ思いのほか染み渡りつつあることを自覚していた。
捕らえられたのが彼女であったなら、あたたかくさゆるを包み込む、あの発育不良気味ながらに愛おしい肢体へ爪傷一つも刻んでいたなら、リーゼント男は罪を償う機会もなく息絶えていただろう。
「……じゅん」
だからこそ、だ。さゆるは心に決めねばならなかった。
『あの女』だ。あいつは言ったのだ。
『あなたに関わる人間は全員、必ず破滅する』と。
自ら手を下すまでもなく、さゆる自身の運命がそうさせるのだとあいつは言ったのだろうが、言下にはこうも言い含んでいたはずだ。
『必ず破滅させる』。
それを裏付ける行動を、あいつは繰り返してきた。幾度となく肌を触れ合い絡み合ったからこそ、読み取れることもあった。
今、さゆるの自室は、あいつに占拠されたも同然だ。だからこそ今はこうして、信頼のおける同居人のもとへ転がりこんでいる。
「ああ。でも、そう。あいつの言うとおり……」
人身売買組織などという現代日本にそぐわない、しかし確かに未だこの世へ息づく闇の一つをその手で破滅へ追い込んだのは、さゆるを取り巻く運命がゆえにだろうか。奇しくもあいつのうそぶくとおりではないか。
一体次は誰を、自分は破滅させるというのか。
「……だから、何だっていうのよ」
しかし、ああ、そうだ。
そうなのだ。
窓を開く。雨粒が直にさゆるの美貌を叩き、なぞってゆく。
そのたび高まってゆくのを感じる。
衝動が。
「そう。ああそう。あたしが全てを破滅させるのね。そうなのね。だったら」
運命。知ったことか。さゆるの胸へ黒い怒りが満ちてゆく。雨音が鳴るたび。雫に打たれるたび。
染まってゆく。
「次に破滅するのは……あんたと、あたしよ」
道連れにしてでも。
雨はささやく。簡単じゃないか。
運命が決まっているのなら、利用すればいい。避けられないというのなら……。
「じゅん」
同居人の名を呼んだ。無性に彼女に会いたかった。
「じゅん……じゅん」
『私はあんたのすべてを知っているわけじゃない。たぶん、理解しきることもできない……でもわかって、あんたは私の……私の』
「じゅん……！！」
雫を弾き、食らいつくように厚い雲を睨んだ。
破滅するのは、あんたと、あたし。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2021年07月12日
- 参加申し込みの期限
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- 2021年07月19日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2021年07月19日 11時00分
