とまどいエチュード｜リアクション

とまどいエチュード

「――不安なのか？」
　遡ること数十分前。
『夢の舞台』に召喚された修は、傍らの少女に声をかけた。
　美しい令嬢のドレスに身を包み、微かに震えているのは七夜あおい。
「ううーっ、緊張する……」
　かすれた声で呟く。
　いきなり夢の舞台に引き込まれた彼女。緊張するのも無理はない。
　彼女にあてがわれたのは令嬢の一人。
　悪漢にさらわれる役だ。
（アドリブしかない２４時……）
　幾多の試練を越えてきた修にしてみれば、恐るるにたらぬ今回の怪異ではあるが、あおいにとっては荷が勝つのだろう。
「――大丈夫か」
　そっと語りかけると、がくがくと首を振って頷くが、視線を此方に向けてはくれない。口元が引き結ばれて、唇に血の気がない。
（……）
　自然とあおいの手を取ると、彼女の手の冷たさが伝わってきた。
「修君……」
「大丈夫だ」
　努めて、笑いかける。
「俺だって緊張してるさ」
「……」
「観客を、野菜だと思えばいいんだよ」
「野菜？」
「あの観客、真っ黒な連中だから、羊羹だと思えば……どう？」
「羊羹……ははは」
　修の突拍子のない発想に、笑いを漏らすあおい。
「影だからな。蒸し羊羹に小倉羊羹」
「――はははは、おかしい！」」
　あおいの手から緊張が抜け、代わりにぬくもりが修の手に伝わってくる。
「慣れてきたら――重いが届くように頑張ろう。きっと伝わるさ」
「――うん、ありがとう、修君」

（……この状況は本物か？）
　聡明な修に、一抹の疑念がよぎる。
　この世界が、自分の心が生み出したもう一つの現実『夢の舞台』であるということは、先般説明を受けた。
　だとしたらこのあおいも、自分の心の作り上げた幻像であるのかもしれない。
　あるいは、自分の不安を彼女の仮託しているだけなのかも知れない……。
（埒もない）
　首を振って、不要な考えを追い出す。
　たとえ、あおいがフェイクであろうが、幻像であろうが。
　自分は守らずには、いられないだろう。
　そういう確信が―覚悟に似た確信が。彼にはあった。