とまどいエチュード｜リアクション

とまどいエチュード

　かりそめの平和の破られた街。
　いまやそこは、真の姿をあらわにし始めていた。
　ラッセル扮するマフィアの帝王『キングス』の手により、ここは闇の版図、まっとうな世界とは異なる、血の絆と無法の法による支配がまかり通る、暗黒の世界と化していた。
　光の下では生きられない、闇の中でこそ安息を得ることができる、心を闇に染めた者たちが誘蛾灯のように引き付けられる、悪漢の巷。
　――年若いながらも、鳳城翔もそうした闇の眷属だ。

（この格好……それにこの役……）
　夢の舞台に立った翔、自分の姿に既視感を覚え、くらりとなった。
　黒いスーツ。黒い姿。ガラスに映った瞳は真紅。
（前にもどこかで……）
　判然としない記憶の中で、翔はカプセルギアを操っていた。
　その時の自分は、普段の自分と全く違っていて、でもどこかで自分に瓜二つだった。
　もう一つの、ありえた自分。
　その時の自分を、まるで離人症のように感じる翔だが――。
（……）
「テキトーやるなら、帰るよ。キミ、上の空みたいだし」
（！）
　声のする方に振り返ると――。
（MAKIYUKI――！！）
　そこには、冷たい目をした友人。
（MAKIYUKIまで何故ッ……）
　その友人を、彼は知っている。
　その友人が、冷たい目をするのも、彼は知っている。
　その友人に、自分がどんな感情を抱いているのかもーー。
（くす）
（くすくす）
　翔は、自分が無数の笑い声に囲繞されているのを感じる。
　甲高く鋭い、感覚を摩滅させるような笑い声。
　重く低い、悪夢に響き渡るような声。
　客席は、人ならざるもので満たされていた。
　奇怪な動物、人形――異様な角や、翼、鋭くとがった尾などが影でちらついた。

　手の甲に、ふいに熱が走った。
　そこに浮かび上がるのは、黒き片翼の紋章。
（やってやるさーー堕ちるまで！）
　それを見た瞬間、ふいに翔の心に猛るものが芽生えた。
　それを『舞台』が求めるというのなら、とことんまで戦ってやる。
　そう、俺たちは闇の王。
　あの塔でのごとく（――何処だ？）、カプセルギアで果てしなく戦い続け、あらゆる敵を打ち倒し、このキングスの闇の版図で覇者となった二人。
　だが、真の王は一人だ。
（……オチロ……オチロ……）
　発動した翔のろっこん『共鳴』により、カプギア『セイクリビット』が語り掛ける。
（オチロ……SHO……ホントウノジブンヲサラセ……）
「言われなくても！」
　叫んで翔はカプセルギアを起動。その瞬間、彼はいかなる彼でもない。闇の存在でも、それを遠くから眺めやる離人症の彼でもない。カプセルギアを繰っているとき、彼はカプセルギアと一体となる。現実も嘘もない。光も闇もない。ギアのスラスターと、地面の掠れる感覚――それだけがすべて。
「そうこなくちゃ」
　彼の親しい友人もギアを起動。
　同時にVRバトルフィールドが展開、バトルスタート。
　この街最強の二人の戦いは、皆の耳目を集めてやまない。
　大きく放物線の軌道を描き、標的のカプセルギア『ボナパルト』に迫るSHO。
　微動だにせず、悠揚迫らぬ様子で対峙するMAKIYUKI。
「相変わらずのつまらない攻撃だね……」
「と、思うか？」
「何ッ！」
　瞬間、セイクリビッドの全身が闇色に燃える。
　ありえない加速度でカプギアは敵に肉薄、一撃の下で吹き飛ばす。
「馬鹿な……」
　MAKIYUKIは、声もでない。
「以前とは、一味違うぜ？」
　薄く笑った翔、MAKIYUKIの背後から素早く翻って、彼の頸に手をあてがう。
　キスの前に頤を上げるように、相手の頸に擬された首輪をクイッとつかんで引き上げる。
　MAKIYUKIの瞳が憎悪に燃えた。
「――」
「前にも言っただろう……アンタは俺のモノだ」

　ＶＲでこの戦いの有様を見ている者たちは、声もない。
　大人顔負けの戦いを繰り広げるこの子供たち。
　恐るべき子供――アンファンテリブル。
　世界を敵に回す。

「SHO……」
「俺たち二人がいればいいんだ……そうだろう？」

　そして、そんな二人をじっと見つめる一対の目。