温かい雨に打たれて｜リアクション

温かい雨に打たれて

　登り始めて一時間が過ぎた。笹川帆太はぬかるみに足を取られ、抜け出す為に力を使ってかなり消耗した。近くで見ていた龍目豪は、交代だ、の一言で先頭に立った。
　足場のしっかりしたところを選んで歩く。それとなく後ろに目を向けて速度を合わせた。
　下りに入ると豪が後ろに声を掛けた。
「パンダ、そろそろか」
「腰が、曲がったような、木が、目印だ」
　荒い息の中、途切れがちな声を返した。
　豪はしっかりと足場を踏み締めて広範囲に目をやる。
「あったぞ！」
　飛び出した豪を帆太が追い抜いた。スマートフォンを手に猛然と駆け下りる。
「無理するな！　足元の根に注意しろ！」
　わかったという風に帆太は片手を挙げた。
　目印の木の先にアジサイの群生地があった。青や紫の大輪が集まって辺りには甘い匂いが漂う。
「ついに発見しました！　これが九夜山に群生するアジサイです！」
　声を張り上げて息切れを蹴散らし、笑う膝でアジサイを歩きながら撮っていく。
　豪は素早く下方に移動した。足を踏み外しても受け止められるように態勢を整えた。
「終わったよ」
　疲労した顔で笑うと帆太は尻餅をついた。
　豪は並んで座る。
「パンダ、あまり無理はするなよ。この山にはいろいろとあるんだ。幻の桜を探して迷ったり、中には狼を見た者もいるらしいぞ」
「それ、スクープじゃん！」
　その笑顔を見て豪は、そうだな、と言って笑った。
「そうだ。この間の無人島サバイバル動画は面白かったぜ」
「そうだよな！　スポンサーが見つかれば」
　その意気込みを間近に見た豪は話を振った。
「配信もいいが、たまにはマタ大探検部の撮影担当として同行してくれよ」
「なんでだ？　探検部には撮影できる者がいるだろ。例えば」
　豪を指差した。
「まあ、そうだが」
「たまには俺も撮影される側になるか」
　帆太は笑顔でスマートフォンを豪に手渡した。不安定に立ち上がるとアジサイの花に顔を寄せた。
「俺は撮影よりも自分の目で見たい方なんだが」
　構わず、ピースサインをする。話をまるで聞いていないようだった。
「マイペースなヤツだ……アジサイか。俺の大学生活、何色に染まるんだろうか……」
　言いながら豪は撮影を開始した。

　傘を差した逆巻天野と猫館鳴は横に並んで登山道をゆく。ニ十分くらい歩くと木々が密集したところに入った。
　天野は傘を閉じた。
「天然のトンネルで雨は落ちて来ないね」
「少し暗いけど、見えない程ではないし」
　鳴は暗がりを物ともせず、前方の突き出た石を跳び越えた。
「見つけた！　あそこだよ！」
　先をいく鳴が興奮した声で言った。追い付いた天野は目を見張る。
　登山道の左側、少し下ったところに光の筋が射し込み、アジサイが光り輝く。葉の上に載った雨粒は真珠の輝きを放ち、鮮やかな色の競演に見る者を圧倒する。
「……夏空の花火みたい」
「そうだね。本当にその通りだ」
　二人は道に立ち、純粋な美しさに見惚れた。
　微かな葉擦れのような音がした。天野は来た道に目をやる。道のないところから豪と帆太が現れた。
　豪が天野に気付く。隣にいた鳴を見て、にかっと笑って親指を立てた。
　天野は慌てたように手を左右に振った。豪は掌を前後に動かし、笑いながら下山した。
「まったく」
「どうかした？」
　鳴の声に天野は、何でもない、と少し笑って答えた。

このページにイラストを設定する

あとがき

担当マスター：黒羽カラス
ファンレターはマスターページから！

　雨の中ではありましたがアジサイは綺麗に咲きました。
　精力的に出かけられた皆さん、お疲れさまでした。
　いろいろなシチュエーションのアジサイを楽しまれたことと思います。

　あとNPCが多く登場するシナリオとなりました。
　久しぶりの出番もあって瞬間移動の女の子は張り切りました。
　MewTuberや付喪神もいて、少人数とは思えない賑やかな内容になったと思います。

　ご参加、本当にありがとうございました。

↑ページトップに戻る