温かい雨に打たれて｜リアクション

温かい雨に打たれて

　九夜山の裾野に呑まれた猫鳴館に雨が降る。
　薄暗い部屋には途切れることのない雨音が響く。逆巻天野は窓辺に立ち、ガラスに流れる雨の筋を眺めていた。
　ふと手にしたスマートフォンに写真を表示した。緩やかな斜面にアジサイが密集している。色は様々で夏の夜空を彩る花火のようだった。
「……どこだろう」
　言いながら窓を離れた。畳に落ちていた白いパーカーを拾うと黒いランニングシャツの上に着た。灰色の長い髪は後方に絞って結び、いつものポニーテールに仕上げた。
　黒い靴を履き、壁に立て掛けた傘を手にする。ノブを掴み、回したところで口にした。
「……人恋しいのかな」
　薄い笑みで部屋を出ていった。

　猫鳴館の扉を開けると雨の匂いを含んだ空気が流れ込む。天野は軽く息を吸って傘を差した。歩き出そうとした足は止まり、右手に目がいく。
　茶色い作務衣をきた猫館鳴（ねこだてめい）が雨空を眺めていた。肌の色は白く、猫目で唇はグミの実のように赤い。草履を履いた右足を意味もなくブラブラとさせた。
　天野は話を振ってみた。
「もしかして傘を忘れた？」
「最初から持ってないよ」
　鳴は顔を向けた。前髪が左斜めに切り揃えられていた。
「言っとくけど、この前髪は失敗した訳じゃないからね」
「何も言ってないよ」
　天野は柔らかい笑みを返した。鳴は、そう、とはにかむように笑った。
「今、アジサイが見頃らしいよ。一緒にどう？」
「相合傘になるけど」
「君がよければ」
　その一言に鳴は白い歯を見せて笑った。

　天野が傘を差してゆっくりと歩く。鳴は寄り添った姿で民家の庭に目を向ける。青いアジサイが艶やかに咲いていた。
「アジサイは綺麗だと思うけど、雨の日でも見たいものなの？」
「イメージかな。アジサイには家族が重なる。騒々しくて温かい猫鳴館みたいに思えて……急に見たくなったんだ」
　天野の目が優しくなる。鳴と同じアジサイを見ていた。
「あたしも猫鳴館の住人は好きだよ。危なっかしくて純粋で」
「母親みたいだね」
「そうかもね」
　鳴は軽く自分の胸を叩いた。

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