カバネガミ-1380-｜リアクション

カバネガミ-1380-

　歌が聞こえる。か細い声だった。
　聞いたことがあるような、でも生まれて初めて耳にするような。
　猫島寝太郎が目を覚ました時、歌声は止んでいた。もしかすると、始めからそんなものはなかったのかもしれない。
　しかし、彼の耳にはその歌詞がしっかりと残っていた。

　——花は枯れず、死の苦しみも悲しみもない

　呟いてみても、それが何を意味するかは分からない。彼はゆっくりと体を起こす。すると、背中にひたりと、肌が押しつけられた。振り向くと、髪が乱れたままの女がそこにいた。闇夜に浮かぶ白い肌は、妖しくも美しかった。
　ああそうだ、と寝太郎は思い出す。数時間前は、天国にいるかのような心地良さに浸かっていたのだった。そして、今目を覚ましたこの世界は地獄なのだった。
　11年前、かつて厄災を連れてきた神の封印が解け、この島は神とその眷属、カバネによって支配されていた。神はカバネを使役して島を蹂躙、ある者は無残に殺され、またある者は生きたまま脳を弄られ異形として命を遊ばれていた。
　この11年で平和だった島は様変わりし、島民の半数以上が死に、残った者もいつ命が消えるか分からないままか細く生きながらえていたのだ。

「またいつでも」
ズボンをはき、引っかけただけのシャツ姿で女を見送る寝太郎。すると、すれ違うように向こうから男がやってきた。昔からよく知った顔だった。
「おはよう、刀君。夜回りお疲れさま」
　ひらひらと手を振る寝太郎に、男は軽く手を挙げて応じる。声をかけられた男——御剣刀は、すれ違った女と寝太郎の格好を見比べると、ある程度を察したようだった。
「ニヤけた面してんなよ」
　それは注意というよりからかいのニュアンスが込められた口調で、寝太郎も分かっているのか「たまたま自分だっただけでしょ」とおどけてみせた。
　でも本当は二人とも、心で悟っていたのだ。明日にはどうなっているかも分からないこの島で、正気を保ち続けることは難しいということ。だからこそ、生を実感する手段があるならそれに縋ることを誰もバカにはできないということも。
「……みんな淋しくて、怖くて、堪らないんだよねぇ」
「こんな状況だしな、一時でも溺れられるものがあるなら溺れておけよ」
　刀はそう言って、仮眠室へと向かおうと歩を進めた。
「刀君は、溺れないの？」
「今は睡眠欲が先だ」
「まあ、夢の中でも溺れられるからねぇ」
「……起きた時虚しくなるやつだろ」
　小さく笑い合う。寝太郎は寝床に向かう刀の背中を見送ろうとした。
　その時。急な報せが入ってきた。
「弐ノ隊が……帰ってこない？」
　刀と寝太郎の声が被った。二人は顔を見合わせる。
「ちっ、異形か」
　島には、神とその眷属に対抗するための組織があった。組織は有志を集めてつくられ、壱ノ隊から九ノ隊まで存在している。今や誰もが死を待つだけとなったこの島で、彼らは唯一の希望であり神への反逆者であった。
　その中で寝太郎は四ノ隊、刀は七ノ隊に属している。
　異形を討伐したり、夜回りをして異変がないかを調べたりが彼らの主な任務なのだが、弐ノ隊の誰か、ではなく隊ごと行方が知れないというのは異様なことだった。
　神隠しにでもあったのだろうかと誰かが言った声が聞こえた。笑えない冗談だ。
「最後に連絡があったのはどの地点だ？」
「キャットロードの近くみたい」
「ここからなら、走って15分ってとこか」
「今から人を集めても、時間がかかってしまうし……」
「俺たちだけで向かう」
　こういった時の対処は隊長それぞれの判断に委ねられる。彼らがそう決断したのは、この二人なら大丈夫だという思いがあったからだろう。一歩間違えば隊長二人を一気に失う危険な判断ではあったが、結果として速さを優先させた彼らは間違ってはいなかった。
　連絡が途絶えたエリアを確認すると、刀は寝太郎に声をかけ、走り出す。
「急ぐぞ猫島！」

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