異類恋愛譚｜リアクション

異類恋愛譚

「……また、ずいぶん急な話やなぁ」
　伏見真は、自分を抱きしめる男に向かって、僅かに２度瞬いた。

　その男は、人外であった。
　名乗りもしなかったし、真も訊かなかった。それよりかは、男の纏う神気に近い妖気が気になった。
　男は真に向かい唯一言、「お前が欲しい」と言っただけであった。

「驚かないのか」
　ここは人界と妖界の狭間か。とろりと溶けていくような空気の中、男は真に問うた。その腕はしっかりと真を抱き寄せたままで。
「びっくりはしとるよ。だって僕と君逢うたことないやんな？」
「……そういう問題なのか？」
　男は片眉を上げ、不思議そうな、面白そうな表情を作る。真はいつもの調子でくつくつと笑った。
「拒否権は？　……って『聞いてない』って返ってきてもこまるから聞かんとくなぁ」
「……それはお前の自由だ」
　男は真っすぐ真を見ただけだった。本当に真が『否』と言ったら受け入れる気であろう。不思議な男だ、と思った。
「俺が怖くはないのか？」
　自分の腕から逃げようともしない真に男が再び問う。真は濡れ羽色の瞳を柔らかく男に向けた。
「別に怖ないよ。だって僕の事好きなんやろ？　ああ、けど……『欲しい』が食べたいとか命とるって意味なら考えんといかんなぁ」
「―――そんな野蛮な意味じゃない」
　むっとした顔で男が言う。それが少年のようで、真はまたくつくつと笑ってしまう。すると男はまた問うた。
「お前は、死にたがりなのか？　俺が人外である事は分かっているだろう。なぜそんな者の腕に抱かれて平気でいられる」
　真は艶やかな睫毛に縁どられた瞳を軽く細めた。
「別に死にたがりやあらへんよ。まだまだずうっと生きてたい。せやけど……僕が死んでも世界に残れるんやったら別に怖ないわ」
「残る？」
「ん。曲とか、そんなんがずっと、残るんやったら。覚えててもらえるんやったら」
　そう言葉を落とした真だったが、「あ、ええ事思いついた」と言うとぽんと楽しそうに手を合わせた。
「なあ、僕の事、君が覚えといてくれる？　君ずうっと長生きなんやろ？　せやったら……僕もずうっとこの世界におれるやん」
　澄んだ笑顔をみせ「僕の事好きなんやったら、お願い聞いてくれるやんなぁ？」と言う真を、男はまじまじと見つめる。真は照れもせずに「そんなん見たら僕穴が開いてしまうわ」と言った。

「……お前は、やっぱり面白いな。弱いのか強いのか分からん」
「ふふ、こういう性格なん知らんと声かけたわけちゃうんやろ？　せやったらあきらめて」
　鼻先の触れ合う距離で。２人は心を探り合う。手繰り合う。
　男の瞳が情欲に煙る。それを見て取った真は妖艶に微笑んだ。

「その代わり……受け入れてくれるんやったらキスくらいしてあげてもええよ？」
　紅を引いたかのような真の可憐な唇が、男の唇と重なる。少しかさついたその唇が、生々しいなと思った。
「……まぁ、僕が食べへんとは１回も言うてへんし」
　男の太い腕の中。真はたった今しがたのキスの感触を確かめるように、赤い小さな舌でぺろりと蠱惑的に己の唇を舐めた。
　目の前の少年の煽情的な姿に男は瞬きの間呆けていたが、すぐに感心したように笑った。
「なら、喰らうがいい。人の子に喰われるのも一興。だが、覚えておけ。俺は相当喰い応えがあるぞ」

　刹那。男が、真に深く深く口付ける。
　絡め捕られる舌。溶けていく心。
　お互いがお互いの頭を掻き抱き。
　人と妖が異界の狭間に堕ちていく。

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