四月の蒼青（あお）い空の半分欠けた月を見て彼女は笑ってる。｜リアクション

四月の蒼青（あお）い空の半分欠けた月を見て彼女は笑ってる。

　晴天。
　数日前は車軸を流すような大雨だったというのに、リセットボタンが押されたというか、あの雨が丸ごと嘘だったかのようによく晴れている。
　高校生から専門学校生へ、環境の変化に慣れるのには時間がかかるかと思いきや、やってみれば案外なんとかなるもので、呉井陽太はほどよく新生活に順応しつつあった。少なくともいま唐突に「街頭インタビューです！」とリポーターにマイクを向けられたとしても、「高校生です」ではなく「専門学校生です」とよどみなく答えることができるとは思う。
　陽太は履修科目の書類を提出するために学校に行っていた。手間取ることを予想し早めに行ったものの、拍子抜けするほど受付は空いており手続きも早く、あっというまに用件は終わってしまった。
　これからどーしようかなぁ。
　まぶしい青空を見上げる。白い月が見えた。半分欠けている。雲だってぜんぜん見えない。
　いい天気だけど、少しだけ肌寒いなぁ。
　黒いコーチジャケットの下は白い半袖のカットソーひとつだ。スキニーフィットのジーンズにはよく似合っているものの、ジャケットが薄手であることを考えるといささか季節先取りだったかもしれない。
　スマートウォッチを見る。まだ帰宅するにはもったいないほど時間がある。
　あ、いつもとちがうところで、お茶でも飲むのもいいかもだねぃ。
　見知らぬ曲がり角で曲がってみる。
　というわけで、行ったことないところを探索探索ー♪
　やがて陽太は、見覚えのない立て看板に遭遇したのだった。『ねこのしま』という名前の踊る立て看板だ。『すぐそこ』という文字と、つるりとしたタッチの猫のイラストもあった。ビルの地下一階にあるらしい。
　おー、ここに猫カフェがあるの知らなかったなぁ。
　こういう発見があるから、ぶらり散策はやめられない。どんな猫がいるんだろ？
　入ろうかな、どうしようかな。
　迷いつつドアの前まで行ってみると、ガラス窓があってなかを見ることもできた。
　背の高い女性店員さんらしきひとと、中年の男性客が話している。
　あれ？　あそこにいるのは、もしかして……！？
　思わず二度見するほど驚いた。まさか、猫カフェで再び姿を見るとは。
　針金みたいにつやのない髪、背は低く頬はこけ、食が心配になるほどガリガリな体型、肌の色だって赤土っぽい。丸い眼鏡にグレーの背広で、服はオーバーサイズのよれよれだ。見まちがいようがない。
　根積宏一郎。最後に会ったとき彼は、生活支援施設という名目だが実際は墓地みたいな陰気な場所で暮らしていた。運営していたEABという団体が主催者の検挙にともない解散したので、施設は閉鎖になったはずだ。どこか転居先を見つけないと、と根積は言っていた。
　……あれから時間も経ってるし、今どーいう状況になってるんだろ？
　でも、と陽太はいくらか安堵もしていた。
　根積は楽しげな様子だった。笑っている。
　良かった。
　最悪の状態じゃないみたいだよねぃ。
　素通りはできない。店に入って話しかけてみよう。
　木目のドアは猫のイラストで飾られている。看板のイラストを書いたのと同じ人のペンによるものだろう。かわいい。
　陽太はインターフォンを押した。

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