ハッピーバースデー！　４月☆｜リアクション

ハッピーバースデー！　４月☆

☆２０日　狂気と思い出と

　高校２年の朝鳥さゆるは現在、学校を休んでいる。
　姫木じゅんと暮らすようになって、つかの間の平和が訪れたと思ったが。
　さゆるに狂気めいた執着をするMalice──葉利沢倫理子の身体を奪った第二の人格──は、そんなことでは諦めなかった。
「4月20日に、片篠藍人の部屋に来なさい」
「……」
　電話口で黙っているさゆるに、携帯ごしに嘲笑うようにMaliceは言った。
「拒否するならすればいい、その代わり……」
　さゆるは理解した。
　それなら姫木じゅんに危害を加えるだけだ──Maliceが言外にそう滲ませていることに。
　そして今日、さゆるの誕生日である２０日に、二人はあの部屋──片篠藍人が住んでいたワンルームマンションにいる。
　いまは（倫理子）が勝手に住み着いている部屋だ。

　じゅんに手を出させるわけにはいかない。
　さゆるは、Maliceのいうがままに自分の身体を貪らせた。
　かつて、さゆると藍人が互いを傷つけあうようにして愛し合ったベッドの上で。
　それをMaliceは知っている。
　彼女を抱くたびに、貪るたびに……決してさゆるは自分のものにはならぬという事実を否応なく思い知らされる。
（あのじゅんとかいうバカな女も、そのことを悟ればいい。さゆるは決して、私や三流キャバ嬢のものにはならない。さゆるの心の中にはずっと、片篠藍人が住み続けている）
　そんなことを思いながら狂ったような情事が終わり、Maliceは疲れて眠ってしまった。

　さゆるはベッドの上で、ぼんやり天井を見る。
　なんとなく胸元に手を伸ばすと、ロザリオの飾りが手に触れた。
　かつてはこの部屋の鍵に結わえていたものだ。
　４年前の誕生日のことを思い出す。
　14歳の誕生日の夜、何日も会えなかった彼──片篠藍人との久しぶりの逢瀬を果たした。
　相手を愛したいという思いと、相手を滅ぼしたいという思いが二匹の蛇のように絡み合い。
　あの夜も互いを貪りあうように傷つけあって愛しあった。
　情事の後眠りに落ちて、目が覚めた。いつも通りに彼はいなかった。　
　いつもと違うのは、彼女のそばにきちんと包装された小箱があったこと。
　開けてみれば、銀のロザリオの飾りのついたこの部屋の鍵が出てきた。
　これが、彼からの唯一のプレゼントだった。
「藍人……」
　何度思い出しても、あの時のことは切なくて。
　半分うとうとしながら、唇から彼の名前が零れた。
「……？」
　その声は、隣で寝ていたMaliceを目覚めさせた。
（夢の中で藍人を追っているの？）
　隣ではさゆるが目を閉じ、眠っているように見える。
　Maliceの眠気は吹っ飛んでしまった。
（さゆる……藍人といい、じゅんといい……私には振り向かないでなぜこんな奴らに……！）
　嫉妬に狂うMaliceは静かに起き上がり、さゆるの胸元を飾るロザリオの飾りに向かって手を伸ばした。
　奪い取り、さゆるの目の前で破壊するために……

　しかし。
「……触るな」
　殺意を滲ませた低い声と共に、気配に気づいたさゆるに阻止された。
　Maliceは憎々しげに睨み、吐き捨てる。
「神様を信じちゃいないくせに、よくこんなもの持てるわね？」
「……」
　
　神様とは。さゆるは思う。
(あたしに神様はいない)
　そんなものがいるなら、両親の命は奪われていないはずで。
　だから、このロザリオは神様とは関係ない──いや。
　これをくれた藍人こそが、さゆるにとっての神だった。
　１８歳になったさゆるは、無言のままそのことに気づくのだった。

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