《灰色猫テオの事件簿》誰がおにぎりを殺したか｜リアクション

《灰色猫テオの事件簿》誰がおにぎりを殺したか

●解決編・その２

「最初に違和感を感じたのは、ズボンで手を拭いた時ね」
　神野美野梨は青木学に目配せした。学はルイセがフジコの口元を調べたり、五十嵐やウォルターの手の匂いを嗅いだりしているシーンをもう一度再生してみせる。
「ズボンで手を拭く……握手するならともかく、手を見られるだけの時の行動としては不自然だわ」
「そうかなぁ。男の嗜みでしょ？　五十嵐先生だって同じようにしてるじゃない？」
「じゃあこれはどう？」
　学はそう言うと、ウォルターがズボンで手を拭いた直後、キラッと何かが光ったシーンで映像を一時停止させ、その画面を突き付けた。

「ここ。ウォルター先生のズボンにサンマの鱗が付いてるんだよ！」
　追い打ちをかけるように美野梨もウォルターに詰め寄る。
「ルイセさんが言っていました。ウォルター先生の手は生臭かったと。鱗と匂いはサンマに触ったという証拠でしょう。けれど、いつ？　どこで？」
　ウォルターは口を噤んだまま、片目を眇めた。
　代りに口を開いたのは夏夜だ。
「僕が言うよ……違っていたらそう言って？
　犯行１０分前野々さん達の所を訪れたウォルター先生は周囲の状況を確認。
　噴水には近づかず、おにぎりにも直には手を出さなかったが、後の犯行の為に『あるもの』を盗み出した。
　そして、その１０分後に北校舎の開いた窓を利用して『あるもの』をおにぎりに向け投擲。
　殺おにぎりを成し遂げた。
　投げた『あるもの』は１０分前に盗み出した『焼く前のサンマ』だ」
　ウォルターはまだ黙っている。
「貴方は盗んだサンマをダーツのように投げて、おにぎりに当て、おにぎりを殺した」
　ブリジット・アーチャーが夏夜の話を引き継ぐように進み出た。
　それを聞いた時子が合点したというように手を打つ。

「ダーツでいうとサンマの頭がポイント部分、尻尾がフライト部分ですね……。かなりスピードが出たことが予想されます。だから開いた口にオニギリの一部が入ってそのまま噴水に落ちてしまった……ということですね」

「サンマをダーツのように……？　そんなにうまく行くものかな？」
　ウォルターの顔が動揺と笑みの間で歪む。
　垣間見えたのは、探偵たちに再現は不可能だろうというある種の自信か。
「だったら試してみればいい」とサキリが言った。
　もとよりそのつもりだったのだ。美野梨が再現実験のために用意したのはおにぎり型にした粘土とボールだったが、サキリはボールの方は断った。
「事件を再現して検証するなら高度な投擲技術が必要だね。刃物の投擲なら僕は得意なので、何ならペーパーナイフを投げて実験してみようか？　ちょうど木製の柄で水に浮くのがあるしね」

　ののこの証言に従い、おにぎり型粘土が噴水の縁に置かれる。
　サキリは北校舎に向かうとウォルターが証言した窓際に立った。
「いいわ。お願い」
　学がカメラを回す中、美野梨の合図でサキリはペーパーナイフを投げた。
　白い魔弾と呼ばれるウォルターに匹敵するコントロールで、ペーパーナイフは過たずおにぎりの中心を貫く。そしておにぎりはその衝撃に押されるようにして吹っ飛び、噴水の中にばしゃりと落ちた。
　――まさに殺おにぎり事件の瞬間が、目の前で再現されたのである！

　皆がウォルターを見据えている。
　ブリジットがビシリ、とウォルターに指を突き付ける。
「スズメがみた空飛ぶサンマ、テオが見た光るものの正体が、投げられたサンマだったと考えると筋が通るわ。犯人も見つからないように投げたつもりだったのだろうけど、スズメやテオの目までは想定外だったのね。そして、ズボンに付いた鱗と手に残った生臭さが生のサンマを持っていた動かぬ証拠。事件発生時、サンマをダーツのように投げられる人は、貴方をおいてほかにはいないわよね」