鬼が嗤いて鴉なく夜｜リアクション

鬼が嗤いて鴉なく夜

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　名などあったかと鬼は自問する。捻れた角の鬼、山羊の鬼と呼ばれるばかりで、それで不都合もなかった。だから久しく、
（久しく？）
　自らを訝しむ。久しくとは、過去に呼ばれたことが、呼ばれる名前があったかのような。
『　　』
　ひどく怯えた顔をした女が、呆然とそれを呟く姿を見た気がした。
（そうだ。最後に名を呼ばれたのは――）

　――空から神が落ちてきた頃の話だ。
　仔細はもう覚えていない。ただ島を襲う天変地異の中、妻や子どもと支え合いながら必死に生き抜いていたことだけは覚えている。
　きっと大丈夫だと、何度も家族に繰り返した。神様にお願いしに行った人たちが居る。だからきっと、神様が助けてくれる。
　収まる気配のない天変地異にも、神様のもとへ向かった島民たちの嘆きにも気付かないフリをしながら、そう言い聞かせ続けた。
　そんなある日の、久方ぶりに静か晩だった。
　外からの物音に、彼はふと目を覚ました。餌を失くした獣が降りてきたのか、そうでなければ物盗りか。
　斧を手に外の様子を伺いに出た彼は、そこで化け物を見た。
　斧を放り出した彼は、慌てて家族を起こしに戻った。何かが潜り込むような、背後の気配には目もくれず。
　最初に目を覚ました妻は、ひどく怯えた顔で彼を見上げた。背後の化け物ではなく、彼を。
　自分の肌が青黒いことに気付いたのは、その時だ。思わず触れた頭には、固く曲がったものが生えていた。
　覗き込んだ水瓶には、山羊のような角を持つ、青黒い般若のような鬼が映っていた。
　化け物に乗り移られたのか、他に原因があったのか。それはもうわからない。
　確かなのは、家族は逃げていったということ。神様の願いが叶って島に平和が取り戻された時、一匹の鬼が取り残されていたということだけだ。
（だから俺は）
　何故フツウを壊そうとしていたのか、今になって思い出す。
　何もしてくれなかった神が、自分を鬼のまま捨ておいた落神が、憎かったのだ。だからフツウを破壊して、落神という存在に復讐したかった。
　そのために絶神にまで取り入って、その結果がこのザマだ。落神のせいではないし、落神にも戻すことはできなかったのだろうと、どこかでわかっていただろうに。
　このまま『山羊鬼』として、フツウを脅かした敵として朽ちる。それしか彼に道はない。
　ならせめて、敵として強者として自分を認めたこの刃使いの少年に、強敵として名を遺そうと思った。

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