鬼が嗤いて鴉なく夜｜リアクション

鬼が嗤いて鴉なく夜

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　電流が走るように、唐突に修は意識を取り戻した。目眩がする。息があがる。意識を取り戻せたのが幸運だったと、そう思わざるを得ない状態だ。
（くそっ。デイジーカッターは――）
　視界の端に、ダマスカスブレードを杖のようにして立つ、友の姿が見えた。そしてその目の前に、山羊鬼が迫っている。
　ポケットの中、まだ残っているキャンディの包みに意識を向ける。守勢に入る余裕はない。防ぐことを考えるな、反撃に繋げ。攻めろ、攻めろ、攻めろ！
「跳べ！」
　叫ぶ。
「わかって、るっ！」
　サキリが転移し、鉄塊をかわす。
　片手でしか保持できなくなったせいだろう、山羊鬼は得物の勢いを御しきれていない。守りに入れば、きっと見逃していただろう。
　修はキャンディを口にする。負荷を思えば、恐らく最後。
　　

　『分解』。
　鬼の周囲の地面を分解。足場を奪い道を塞ぎ、分解した地面はそのまま操作、無数の飛礫へと再構築。山羊鬼を取り囲む。
「受けてみろ！」
　今だからできる最大火力、最大範囲の一斉射。山羊鬼をハチの巣にしようと、無数の礫が襲いかかる。
　そしてその弾幕の一角には、空間が空いていた。友のための道だ。
「行け、サキリ！　奴を滅しろ！」

　サキリが駆ける。
　その目が、礫の向こうの山羊鬼の姿を捉えた。屈めた上半身を異様なほどに捻り上げ、張り詰めたバネのように鉄塊を振りかぶっている。
　弾幕の間隙を捉えて踏み込んだ鬼が、鉄塊を振り抜く。
　竜巻じみた唸りを上げて迫る気配を感じながら、サキリはキャンディを飲みこんだ。
　『斬空赤刃』。
　空間を斬り裂く瞬間、山羊鬼の問いが頭の中に反響する。
　フツウを守るのは、何故だ。
　改めて考えるまでもなく、自問するまでもなく、サキリの『何故』は明白だった。
（裏社会にいた頃の僕は、人を傷つけるだけのクズだった）
　そんな自分が、寝子島に来て生活する事で変われた。
　だから、
（僕は人を不幸にする側の人間でなく、人を幸せにする側の人間になりたい）
　だから、
「四十九院先生を救い、大切なフツウを絶対守り抜く！」

　その刃は、濡羽色の輝きを帯びて見えた。
　鴉羽纏う赤光の刃、『極光の赤刃』が鬼を捉える。
　ブレードの切っ先を、振り抜く腕を、踏み込む脚を、我が身と心のすべてを刃と化した一閃が、一時その輝きで辺りを埋め尽くす。

　極光が止み、サキリは血液全てが鉛に変えられたような重さに崩折れる。限界を超えかけた反動だろう。
　そのまま突っ伏しそうになった彼に、駆け寄ってきた修が肩を貸す。
「大丈夫か」
　ややあってから、声をしぼりだす。喋ることすら正直しんどい。
「一応ね。そっちこそ、鼻血がすごいことになってるけど」
「マシな方さ」
「……山羊鬼は？」
「そこだ」
　修があごで指した先、袈裟懸けに断ち割られた鬼の身体が転がっていた。
　ぐるん、と。鬼の瞳が二人を捉える。呆れたことに、まだ生きているらしい。
「そうか。討たれたのか、俺は」
　この期に及んでなお笑う鬼を見下ろし、修が冷淡に告げる。
「群れの生き物としての人はしぶとい。退いたあの日に、お前は既に負けていたのだよ」
　山羊鬼は、何も言わなかった。素直に負けを認めたのか、負け惜しみを言う気力がないのか。
　沈黙したままの山羊鬼に、サキリが声をかける。戦いの熱が引きつつある、少し落ち着いた声色で。
「敵ではあるが、君は純然たる強者でもあった。教えてくれないか、君の本名を」

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