【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　風の吹くまま気の向くままに、屋台をのぞき桜の木立で足を止め、のらりくらりとアリサは歩く。
　にぎやかなほう、人の多いほうになんとなく歩みゆくと、ぽっかりと開けた海岸沿いの広場にステージが設けられていた。
　これはいい、と空いている空間に腰を下ろす。ハイボールの缶が右手、串焼きやら焼き鳥やらの乗った紙皿が左手、ちびちび食べかつ飲みながら眺めた。
　飛び入りありのパフォーマンス大会がひらかれている。ステージ上で演舞に手品、漫才あるいは小粋な漫談、五分程度ならなんでもやってくれというフリーな空間が形成されていたのである。
　さすがお祭り好きな寝子島民、多様な技で笑いや喝采をさらっている。
　たかたかたかっ。司会者寝子サンマが、細く長い脚で走り出てくる。
「ナイスなボイスパーカションをサンキュー！　さあ次はお待ちかね、ふたたび飛び入りターイムだぜ！　我と思わんパフォーマーは手を挙げてくれ！」
　エコーの効いたボイスとともに、客席を見回すのだ。
「ヘイヘイ！　誰かいないかぁー！？」
　行っちゃいますか。
　アルコールガソリンが再チャージされた勢いか、アリサは腕を勢いよく振り上げていた。
「お、そこの嬢ちゃんガッツだねえ！　カモン！」
　指名を受けてステージに駆け上る。
　サンマからマイクを受け取るとアリサは会場を見回した。立錐の余地もないとまではいかないが、なかなか客席は埋まっているではないか。何百という視線が集まっているのを感じる。
「いやーみんな盛り上がってるね！」
　ところが反応がうすい。
　それもそのはずマイクのスイッチが入っていなかった。
　失敗失敗。
　ボスッと音を立ててスイッチを入れた。

「いやーみんな盛り上がってるね！　あたしも気分上々さー！」
　会場がドッと沸いた。まるで地鳴りだ。
　そう！　これこれ！
　ステージ両面の巨大スピーカーより音楽が流れ出した。BPMうんと速め、下腹にズンズン来る重低音もたまらない。
　髪を振り乱し脚をうんと高く上げると、アリサはダンスパフォーマンスを繰り広げた。
　即興だ。準備なんてしていない。
　しいてイメージをあげるなら、鉄の籠より飛び出した鳥！
　踊る。踊る。ときにバレエ風にときにモダンジャズ風に。東欧の民族舞踏から和風中華風くるくるめまぐるしく変化させながら。切れ味鋭くターンアンドジャンプ！　
「今日はやたらめちゃくちゃヒャッハーでハイで最高ってやつさああああー！」
　魂が叫びとなりアリサの口からほとばしり出していた。

　会場最前列、アリサのダンスパフォーマンスが終わるとアイオ・キャンドライトはぱちぱちと拍手した。
　次の出番は飛び入りではない。プログラム順通りの出演者が登場する。
　さあ、いよいよですわ――。
　息を吐き出す。ごくわずかながら、鼓動がはやまっていくのがわかる。
　目を閉じれば潮の香りと、桜の香りがあいまじったものに胸が満たされていくような気がした。ごくうすい桃色に、透明なブルーをうっすらと加えたような。
　よし。
　アイオは目を開けた。
　水色の瞳に無人となったステージが映り込んでいる。いわゆる体育座りの姿勢、両腕でしっかりと膝を抱きかかえて待つ。
　待つ。
　喜矢武あいおの登場を、待つ。
　あとは観るだけと達観した気持ちはある。あいおちゃんならきっとうまくやれると信じている。ただしくは『新生あいお』ちゃんと呼ぶべきだろうか。
　今日はいっぱい楽しんで、あいおちゃんの素敵な歌を心にきざんで帰ろう。
　星幽塔に。
　アイオが所属すべき場所に帰ろう。
　でも。
　認めたくはないけれど、一抹の寂しさもあった。
　未練というものだろうか。
　自分に問いかける。
　まだネコジマにいたいんですか？
　もうあの子に喜矢武あいおのすべてを渡すと、納得して決めたはずなのに――。
　感傷をふるい落とすようにアイオは首を振った。
　アイオは新生あいおを見守る立場になったのですわ。
　ですから、未練がましくなっちゃいけないのです。
「さあ次は今人気急上昇中のMewTuber、喜矢武あいおの登場だぜっ！」
　サンマの紹介に導かれ、あいおはステージ袖より駆け出した。