【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　最近、コンビニや店の有線でよくかかる曲が聞こえてくる。カラオケだ。
　元は男性ヴォーカルの曲だったが歌い手は女の子だった。やがて男子の声と交代する。デュエット形式にしているようだ。なかなかうまい。
「いいねえ、宴って感じだねえ」
　音楽にあわせるように軽やかに、真境名アリサはステップを踏む。
　本日のアリサは朝帰り、というより限りなく昼帰りに近いかたちでここにいる。昨年のように行きずりの男とワンナイトスタンドを楽しんだわけではなく、それこそ夜通しの宴を終えほとんど寝ていない状態での帰路なのだった。
　部屋に帰って寝ればいいものを、オールナイト後特有のハイな状態はまだ継続中で、どうにも帰宅する気がおきず桜にひかれるようにして海浜公園まで来てしまったのである。
「そりゃあねえ、酒だって進むってもんですよ」
　誰に質問されたわけでもないのにつぶやく。
　ひっひっひと妖怪みたいに含み笑いしたい。でなきゃ無法の街で暴れる雑魚モヒカン頭ライクに、腹の底からヒャッハーと叫びたい。　
　ここ数年で一番痛快な日、それが昨日だった。
　アリサは休みを取り、東京地裁へ裁判の傍聴に行ったのである。
　色々な意味でアリサの人生に影響を与えたブラック企業、その社長の判決公判があったのだ。
　名の知れた会社でもあり被害者も少なくないとあって傍聴席は抽選になったが、幸運にもアリサは席をゲットし世紀の瞬間をライブ鑑賞することができた。
　シロかクロかといえば完璧にクロ、漆黒暗黒の真っ黒だった。裁判の過程で脱税や労基法違反どころか、暴行その他もろもろの余罪がボロボロ出まくり、さらに裁判での重要証人に対する脅迫やＳＮＳでの誹謗中傷、襲撃扇動まで明るみになるなど、裁判史に残りそうなくらいな悪質さだった。
　求刑は当然重かった。
　驚いたのはそれがほぼ通ったことである。この種の事件では異例の実刑判決となったのだ。執行猶予なんてなしのゴー・トゥ・ジェイル、即BUTABAKOというクライマックスに法廷はどよめいた。
　これで冷静でいろというほうが無理というものだ。
　法廷から飛び出し『正義は為された！』と書いた横断幕を掲げるメンバーにアリサも加わった。さらに夜はかつての同僚たちと一団となり、「最高に『ハイ！』ってやつだ！」と祝杯上げまくりへと突入したのである。
　会場は元同僚の親類が経営している居酒屋、ソールドアウトの貸し切り状態にて飲めや歌えや騒げや踊れやのエンドレス宴会だった。
　……気がついたときには店の小上がりで雑魚寝していた。
　さすがに、いささか調子に乗りまくり過ぎたと反省したものである。
　居酒屋主人の好意で朝風呂に入って汗を流したが、やはり飲み過ぎた。人間奈良漬けになったんじゃないかという気分。毛穴という毛穴から漏れているのは気化したアルコールではなかろうか。まだ酒臭い気がする。
　でも後悔はしていない。
　自分の黒歴史に一応、一区切りがついたのだから。
　判決が確定するまでまだ時間がかかりそうだし、残業代や慰謝料の民事訴訟も続くのだけれど、昨日こそはアリサの人生において、大きなターニングポイントになったことだけはまちがいない。
　そんなわけで足取りは軽い。
　ほうぼうで咲く桜の花も、自分のことを祝福しているかのよう。

　靴紐がほどけていることに気付き、佐藤英二はしゃがんで結び直した。
　ぼんやりしているのかな。
　それも仕方ないかもしれない。ちょっと歩けば汗ばむほどの陽気、桜は満開で風は軽やか、しかもこれ以上ないほどの好天なのだから。
　部屋でこもっているのが勿体なくなり、英二は寝子ヶ浜海浜公園まで来ていた。といっても特に目的はない。散歩がてらだ。
　ちょうど今日はイベント日だった。桜並木に屋台がならび、おいしそうな匂いをただよわせている。
　なにか食べよう。
　お腹も空いてきたしと屋台に並ぶ。最初に目についたのはタイの料理ガバオライスというものだった。看板には唐辛子の絵が描かれており辛そうだ。でもたっぷりの量で目玉焼きまでついていて、それなのになかなか安価なのである。
　受け取って一口する。
　熱い。ほんわりいい香りだ。辛さはそれほどでもないがスパイシーでおいしい。目玉焼きが半熟なのも嬉しかった。
　ぱくっと目玉焼きをかじって、なぜかののこの顔が頭に浮かんだ。
　野々さん、こういうもの好きそうだな。
「デートってお昼に牛丼食べることでしょ？　私、知ってるよ！」
　なんて言っていた彼女のことだ。変わり種ご飯はきっと好きだろう。
　――って、待て待て。
　どうしてそんな一年も前のことを、と英二は思う。
　でもどうせなら、誘ったらよかったかな。
　一緒に桜を見に行こう、って。
　せっかく牛丼の屋台もあるし。
　ほっぺたにご飯粒をつけて、「やっぱお花見と牛丼の組み合わせはサイコーだね！」なんて笑う野々さんを見てみたかった……かな。
　おかしい。
　英二はグーを作って頭を軽く叩いた。
　ついこんなことばかり考えてしまうのは、やっぱりぼんやりしているせいかもしれない。
　ガバオライスはきれいになくなった。
　つぎはもうちょっと軽いものが食べたいな。
　たこ焼きとか、さくら餅とか。

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