【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　桜が舞うなかいつの間にか、琳子と覚は海浜公園のステージまで来ている。
「なあ、ステージで飛び入り自由のパフォーマンス大会やってるそうやで」
「え？」
「カラオケもあるそうや」
「そうですか。観に行きます？」
　鈍いなあ、といった風に頭をかくと、覚は思い切った様子で言った。
「唄わへん？　俺とデュエット」
　琳子はたちまち真っ赤になって首を左右に振ったが、覚にうまく乗せられて、十分もせぬうちにステージに上がっていた。
　緊張しすぎて歌詞が何カ所か飛んだがご愛敬だ。
　後日、琳子は覚と就職先……寝子島信用金庫の入社式で再会することになる。

　小高い丘の中腹、大きくはないが桜の樹の下、よさげな場所を確保して真白と紅美はシートを広げた。
「うは、このシート『ミスティックエール』じゃん」
「へへー、ハローニャックで買いましたー」
　真白が持参したシートは、いま大人気のアニメグッズだった。ステッキを握った魔法少女が跳躍している絵柄である。オフィシャルグッズゆえ少々値は張ったが、見た目のインパクトは絶大だ。
　四隅にリュックと靴を置いて座る。
「なんかミスティの顔の上に座るのは忍びないなー」
「ならもうちょっとこっちおいでよ」
　シートは広いのにふたりは、二匹の猫が身を寄せ合うような格好で座った。
「はいはーい、じゃあ戦利品を広げるよ－」
　屋台で購入したのはたこ焼きや焼きそばだけではなかった。フランクフルトにジャーマンポテト、桜餅にクレープ、みたらし団子など甘味も豊富である。
「いいねいいね、豪勢だねえ」
　これが花見なのかあ、と紅美は言った。
「……私、やったことなかったから知らなかった」
　紅美の家庭に、いささか問題があることは真白も知っている。だからあえてそのつぶやきは拾わず、さあどうぞ！　と割り箸を割って渡した。
「花より団子とか言ったりするけど花も団子も両方ともとりたいよね！」
　あれをつまみこっちを食べ、シェアしながら楽しく食事する。
「こういう出店で買った焼きそばとかって家で食べるのとはまたちがった感じがあるよね」
「うん。わかる。ていうかこういうもの家で食べたことないけど」
「あ、そっちのジュース取ってー。ありがとー」
　真白が手にした紙コップのなかに、桜の花びらが一枚ふわりと落ちた。
　これも風情だねぇ、と顔を寄せて笑み交わす。
「真白は春から高三だよね」
「うん。受験とかそろそろ考えないといけないのかなぁ」
　受験勉強とかめんどくさいなー、と伸びをする。
「紅ちゃんは四月から寝子中だっけ」
「そう、二年……まあ行ってやろうとは思ってる。ほぼ丸一年ブランクあるけど」
　いささか紅美の口調が重くなった。彼女は長く不登校だった。でもついに復学を決めたのだ。
　学校に行くことが必ずしも正解とは限らないけれど、と真白は思う。
　紅ちゃんが自分で行くと決めたのだから、応援してあげたい。
「おー、みんな元気かー？」
　声がかけられた。
　オラウータン？　いや、ふたたび髪も髭も伸ばし始めたのでオラウータン風モジャモジャになってきた長身の男性（ただしすごい猫背）だ。
「あ、店長ー」
　ホビーショップ『クラン＝G』のオーナー、三佐倉杏平ではないか。一杯やっているらしく赤ら顔だ。店の常連客数人と花見の最中だと言う。
「やっほー、今日はお店はおやすみ？」
「店？　やっとるよ」杏平は胸を張って言った。「店番をかけて千絵と勝負して勝ったんでな」
「そ、そうなんだ……」
　そういえば千絵ちゃん、前に『普段お父さんはゲーム弱いけど、ここぞという一番では絶対勝つ』とぼやいていたような。
　ひょうひょうと杏平は行ってしまった。
「ねえ紅ちゃん」
　呼びかけると紅美は即座に返事する。
「あとで『クラン＝G』に行かないかって？　もちOK。店長代理をからかいに行こう！」
「いや、からかいにというか、差し入れにね」
「ひとりだけ仕事中ザマァ～、って言いに行くっしょ？」
「いやいやいやそーじゃなくて」
　でも真白は知っている。
　ほんとは紅ちゃんだって、私のいいたいことわかってる。
　だって紅ちゃん、とっても嬉しそうしてるもの。　