プールびらきはサニーデイ｜リアクション

プールびらきはサニーデイ

「うにーっ♪」
　ざばっと水から顔を出した七音侑は、本当に楽しそうな顔をしていました。
　目が輝いています。
　午後の陽差しを太陽を受けて、濡れた髪が光沢を帯びています。
「やっぱり水遊びは好き！　プールは楽しいにー！　ねえ工藤君」
　と侑は工藤耀の姿を探しました。
「うにっ？」
　探しました。
　おーい、と一度呼びかけてみます。
　彼はどこに行ったのでしょう。
　プールには沢山の生徒がいます。帰って行った生徒もいますが、少なくとも耀が、自分を置いていったとは思えません。そんなタイミングもなったですし。
「うに……、にっ！？」
　侑は最悪の想像に到達しました。
「まさか……溺れて……！？」
　侑の心に黒い記憶が蘇ります。
　それは、幼少期にプールで足が届かなくて溺れそうになった思い出。あの恐怖……感じた命の危険。
　じわっと侑の目に涙がにじみだした。
　――工藤君……工藤君！
　さっきまであんなに元気だったのに。
　さっきまで、あんなに笑っていたのに。
　どぼーん、なんて叫んでイルカみたいにプールに飛び込んだというのに。
「たた……大変うにっ！！　工藤君がっ、工藤君っ！！」
　侑は顔を紙のように白くして、あまり泳ぎが得意じゃないのに必死でプールの壁まで到達して、息せき切って水からあがりました。
　この場合呼ぶのは監視員？
　それとも保健体育の先生？
　保健委員？
　――ていうか全部では！？
　大きく息を吸い込んで助けを呼ぼうとしたとき、プール側に置いた侑の左手は、何者かにぐっと握られていました。
「ははっ！　引っかかったなー！」

　その声とともに、工藤耀は侑を水中に引っ張り込んだのです。
　大きな水柱が立ちました。
「に！？　にっ？！　にー！！？！　にゅあー！！　にゅにゃー！！！」

　もはや彼女は水に落ちた猫そのもの、パニックになりじたばた激しく暴れ出しました。当然耀もボカボカ殴られますが拳の雨をかいくぐって事態を説明します。
「冗談だ冗談！　罪のないイタズラだってば！　ずっと潜ってからかってただけ。侑が後ろを向いたときにはもう顔を出してたんだ。びっくりしたか？」
　ようやく連打がやみました。侑は落ち着くかと思いきや、
「……び、びびびびびびっくりしたにー！！　もう工藤君のばかー！」
　今度は目を怒らせ、フグかハリセンボンみたいにむくれてしまったのです。ぷいと背中を向けます。
「だから俺が悪かったってば。機嫌直してくれよ」
　彼女の正面にまわって耀は両手を合わせました。
「この通り！　反省してる。まさか侑がここまで見事にひっかかるなんて思わなくてな……もしかして、本当に溺れたかと思って心配してくれたのか？」
「………………した」
　と言ったときの侑の顔は半分べそをかいていて、それでも安堵と喜びで血色がよくて、なんだかとても、
　――魅力的だ……。
　彼は思いました。侑ってこんなに可愛かったっけ……？
　でも、耀が彼女に見とれている時間は数秒もありませんでした。
「お返しだー！」
　とすごい勢いで、彼女が水をかけてきたからです。
「おわ！？　ちょ、手加減なしだな！　こうなったらこっちもお返しのお返し！」
　耀も応じます。やがて二人の間には楽しげな声が飛びかうようになっていました。
　ところがその楽しさもここまで、半ばハウリングした雑音が空から降ってきたのです。
　メガホンを持った高野有紀先生です。
「おーい、じゃあそろそろクライマックスと行くかー。コースロープ全部外せー。合図とともにはじめるぞー」
　なにを？　という野暮はいません。みんな知ってます。
「まずは右回転な！　みんなで一斉に歩いて泳ぐんだぞ……ぐるぐるの開始だ！」

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