ネコジマ不動産のワケ有り物件｜リアクション

ネコジマ不動産のワケ有り物件

「よろしくお願いします」
　知る顔に頭を下げれば、新村と名乗った店員は嬉しそうな笑顔を見せた。
「時々お店に来てくださいますよね」
　そちらは弟さん？、と問われ、ユニはううんと首を横に振る。
「ともだち」
「猫は大丈夫？」
「ねこ！　猫がいる？」
「たくさんいるのよ」
　ユニと新村が話すのを耳にしつつ、人と話すことを得意としない千早は内心でちょっと安堵する。
　ホースクラブ沿いの道を辿り、星ヶ丘教会にほど近い細い路地を入ったところに、目的の洋館はあった。まだ新しい平屋の洋館は、あちこちに猫だけが潜れる小さな小さなスイングドアが作りつけられた低い塀に囲まれていた。
「人間はこっちです」
　香木を主とする植物園が管理する物件らしく、猫が好むハーブで埋め尽くされた庭の前には人間用の木造扉。新村が鍵を開けた途端、庭で遊んでいたらしい猫たちがわっと寄ってきた。
　あっと言う間にぴんと立った猫の尻尾に囲まれ、ユニが歓声をあげる。
　庭で猫たちと遊んでいるというユニを置いて、千早は新村に館内を案内してもらう。
　木の風合いを活かした小綺麗な洋館は、作品を置くにも十分なスペースがある。周囲の家とも距離があり、多少作業音を立てたところで迷惑はかかるまい。
　地域猫が集う洋館の居住条件になるほどと頷く。猫の世話が苦にならなければ、家賃の安さも住みやすさも破格と言っていい。
　猫用扉から自由に入って来ては温かな屋根裏部屋や日当たりのいいリビングでのびのび眠る猫たちに目を和ませながらも、千早はまた少し思案する。猫たちが室内にも入って来るのならば、口に入ると危ない物の管理はきちんとしなければ。
「ここから庭に出られます」
　リビングから庭に繋がる硝子戸を開け放つと、ハーブの香りを帯びた風が流れ込んできた。早緑に染まる庭には、おしあいへしあいする猫まんじゅうの真ん中でもみくちゃにされているユニ。
「……」
　某烏映画を思い出し、ふかふか猫まんじゅうに腕を突っ込む。囚われのユニをずぼっと引っこ抜いて抱き上げる。
「チハヤ！　ねこふわふわ！　舌ざらざら！」
　猫毛まみれで楽しそうに全身で抱きついてくるユニの肩口にそっと鼻をあてて匂いを嗅いでみる。海に住むと魚の匂いがついたりするんだろうかと思ったものの、少年の細い身体からは猫たちと転げまわったらしい庭のハーブと土の匂いしかしなかった。
　不満げにズボンの裾をカリカリと掻く猫たちに詫びる。
(単に仲良くなっただけなら良いけれど)
　立ち合いにお礼を伝えれば、ついでにOzで昼食はどうかと新村に誘われた。ありがたくお邪魔することにして、洋館を後にする。
　徒歩数分の場所にある住宅地内の秘密基地じみた植物園に入り、硝子張りの小さな温室cafeの一席につく。温室内の湿った温かな空気に混ざるジャスミンの甘い匂いを楽しみつつ、メニューを開く。
　日替わりのランチセットに単品メニューに、ハーブをふんだんに使った品をひと眺めして、千早は向かいに座るユニを見遣る。
(色々食べられる方がいいか？)
　旗付きお子様ランチを示してどうするか問えば、ユニはチキンライスの上に刺さった猫イラストの旗がいたく気に入ったらしかった。これがいい、と声を弾ませる少年に頷き、注文を取りに来た新村にお子様ランチと己の分のランチセットを頼む。おまけに自分用にホットのハーブティーをつけてもらい、ユニには苺のミニパフェ。そうして約束通りにスマホを貸してやれば、ユニはまたキラキラと海色の瞳を輝かせた。

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