ネコジマ不動産のワケ有り物件｜リアクション

ネコジマ不動産のワケ有り物件

「ここ？」
　寝子島駅の駅舎を指し示して首を傾げるユニに、千早は肯う。
「ここからねこでんに乗れる」
　不思議そうに改札を眺めるユニに示すのは、切符の販売機。液晶パネルに示された大人一人子ども一人のマークをタッチしようとして、隣でわくわくと瞳を輝かせるユニが目に入った。
「ココ」
　押して、と指させば、ユニは目を丸くして物珍しそうにパネルに触れた。ピッ、と鳴る機械にわあと声をあげ、出てきた切符にまた声をあげるユニに切符の一枚を手渡す。自動改札機を通るにもいちいち大騒ぎするこどもをお供に、ホームに出たところで折よく星ヶ丘行きの電車がやってきた。
「ねこでん！」
「ああ」
「ねこでんだ、チハヤ！」
　興奮しきりのユニに手を引かれるまま、座りたい席に進ませる。吊革にも座席にも、何もかもに珍し気なまなざしを投げつつユニが真っすぐ向かったのは、電車の最前席、運転席の真後ろ。
「あのひとが運転してるの？」
「車掌さん」
「しゃしょうさん！」
　教えてもらう言葉のひとつひとつが面白くて堪らないらしいユニの問いに分かる範囲で応え、
「あれなに？」
　運転席の謎の機器やレバーを問われて首を傾げる。
　発車します、と車内に響いたアナウンスにハーイと答え、ユニは千早の隣の座席に座り直した。
「ユニ」
「うん」
「あのアパートの人が言ってた幽霊って……」
　ひとしきり騒いで落ち着いたユニに柔らかく問うてみる。もしかして悪戯なのだろうかと目を向けると、ユニは先程と同じような気まずそうな様子を見せた。
　俯くユニの頭を撫でる。
「怒ってる訳じゃない」
「……失敗、したんだ」
「ん？」
「ひとを模したもうひとつの身体をかたち作れるようになった頃、……」
　はじめの頃は『本体』の傍を離れるとかたちを崩してしまうため、せいぜい海岸をうろうろするのが関の山だったのだとユニはぽつぽつと話す。
「でも、どれだけ遠くまで行けるか試したくなって。調子に乗ってあのアパートの辺りまで行ったところで力尽きて、……怖がらせちゃった」
「今は遠くまで行っても平気なのか？」
　もう平気、と頷くユニの頭をもう一度撫でる。先に服装を見たときも思ったが、海の底に棲むこの少年は、最近はそこそこ島に遊びに出かけているらしい。
　ちょっとしょんぼりするユニと手を繋ぎ、窓の外で輝く海や運転席の窓から見える線路を眺める。春の光のうららかさに揃って眠たくなった頃、車内アナウンスが星ヶ丘駅到着を告げた。
　改札を出て瀟洒な駅舎の前に立つ。
「少し待ってて」
　キョロキョロするユニを隣に、鞄からスマホを取り出す。コールするのは担当さんに教えてもらった『ねこの庭』の番号。
「お忙しいところすみません。十時半から内見をお願いしていた神代です」
　電話口に出た女性の声にやや緊張しながらも要件を告げていると、服の裾がきゅっと握られた。ユニがキラキラした瞳でスマホを見つめている。
　こどもの様子にほんの少し力がぬけた。待ち合わせ場所を決めて電話を切る。
「……スマホが珍しい？」
　大きく何度も頷くユニに、後で貸してあげると約束する。見られて困るデータも入っていないけれど、歩きながらは危ない。スマホを渡す代わりに手を取り、待ち合わせ場所へと向かう。
「ねこでんはどう？」
「ずっと乗りたかったんだ、おれ。いつも海岸から見てて、……」
　うふふ、とユニは堪えきれずに笑みを零した。
「ねこでん、すごい！　しゃしょうさんカッコイイ！　チハヤありがとう！」
　ぴょんぴょん跳ねるユニを連れ、星ヶ丘の住宅地を過ぎる。待ち合わせ場所の星ヶ丘ホースクラブの前には、時折訪れる植物園内cafe『Oz』の女性店員が立っていた。

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