急に山脈　～飛ばされてここはどこ～｜リアクション

急に山脈　～飛ばされてここはどこ～

「一人で登るんだったら、丈夫な手袋と靴、ピッケルのフリースタイルでもいいのだけれども。今回は君と一緒だもの。それにビレイヤーもいる」
「協力して登るわよ！」
　蛇那伊と碧南は一歩ずつ、慎重にボルトを打ち込み、ロープをつないで少しずつルートを確保して登っていく。
　慣れない作業であったが、下のほうで一馬が登りやすいだろう場所の見当をつけてくれたし、まゆも、みんなも励ましてくれた。
　しかし、慣れないクライミングで碧南は激しく消耗してしまう。彼女は焦った。今打ち込みを間違えたら落ちてしまうし、ビレイとして命綱を預かっている一馬を巻き込むかもしれない。
　ボルトを打ち込もうとした時、疲れからボルトを落としてしまう。そして、バランスを崩しあと一歩の所で……！　それに、ロープが微妙に絡まっているようにも見えた。
「碧南さん！！」
（これは、まずいか？　一応救助の準備はしているけれど……）
　見守っていた御巫時子が叫び、サキリは不測の事態に備えナイフに手を伸ばす。
　一馬がすかさずロープを動かし、どうにか止まるようにする。
（こんなとき……、冬馬さんがいてくれたら……）
　ふと始まる妄想。ヒロインは、『恋の分水嶺』でもこのようなクライミングに挑戦していた。そして、あと少しのところで力尽きようとする。
『――！　手を伸ばせ！！』
「！！」
『――さん、上だ！！』
　いくつもの声に押され、碧南は手を伸ばす。そして、確かにしっかりとした手がそれを受け取った。
（そういえば……昔のCMでこういうのがあったわね）
「ファイト―！」
「いっ……ぱーつ！」
　ぐっ、と引き上げられる身体。碧南が我に帰ると、先に上っていた蛇那伊が額の汗をぬぐいながら笑いかけてくれていた。
「大丈夫？　今のは、ちょっと危なかったけど間に合ってよかったわ」
「……っ！　ありがとう！」
　碧南は蛇那伊に礼を述べ、ビレイを務めた一馬とまゆにも蛇那伊とともにお礼を言う。そして、次に登ってくる仲間たちへとロープを垂らすのだった。
（今のは……妄想があったから、どうにか登れたのかしら）
　仲間たちが登ってくるのを見守りながら、碧南はふとそんなことを考えるのであった。

　こうして、彼らは8000ｍに到着した。所謂デスゾーンである。
　一同はこの日、全員が登ったのを確認するとすぐさまテントを張った。だが、体力は徐々に落ちるだろう。
「しかし、やればできるものなのかしら……。それとも、この夢がそうさせるのかしら？」
　蛇那伊はドライフルーツを口にしながらぼんやりと考えた。今ここにいるメンバーは山登り初心者も数多い。それなのにそこそこ登れて切れているのは……神魂効果もあるのだろう。
「そうなのかもしれませんね……」
　時子が、ため息交じりに相槌を打つ。彼女はどこか不安げに空を見……ふと、温泉があるだろう方面を見つめた。
（温泉が、少し恋しいですね……）
　ウェアを着ていても寒い。それ故に少々辛い時子であった。

　そのころ。テントの中では……。
「……」
「それ化石だよね？　どうしたんですか？」
　尚輝は化石と思わしき石をルーペでのぞきながら絵描き用の筆で塵を取り除いていた。傍らからサキリとルークがのぞき込んでいる。
「なかなかかっこいいじゃねえか！」
「しっ！　慎重に作業しなければ……」
　はしゃぐルークを窘めつつ、尚輝はそれを丁寧にクリーニングしていた。
（あれ、恐竜の骨……なのかな）
　少しうとうとしつつ、ちょっと興味があってのぞき込む幸次であったが……やがてサキリにもたれて眠ってしまった。

　クライミングで消耗した碧南とまゆもすぐに眠ってしまい、テントに戻った時子もすぐ眠りについた。いつしかテントの中は穏やかな寝息のみが聞こえ……蛇那伊もまた寝袋に入るのであった。
（平穏に、頂上まで行けるといいのだけれども）
　そう祈りながら。

　――翌日、彼らを困難が待ち受けているとも知らず。

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