早死にするのは善人だけ｜リアクション

早死にするのは善人だけ

　ミルク入れる？　と訊いて白真白は、ああそうだったとコーヒーメーカーに向き直る。
　紅ちゃんはいないんだよね、もう。
　自分の家に戻ったから。
　しばらく経つのにまだ慣れない。紅ちゃんこと芋煮紅美と暮らしていた時期は短くて、今から思えばあっという間だったというのに。
　一人で住むにはちょっと広いな、この家。
　とくに朝はこたえる。
　なんとなく二人分コーヒーを作るのが朝の習慣になっていた。ぷくぷくと浮かんで消える泡を真白は眺めた。残った分は保温にして帰ってから飲むとしよう。風味はだいぶ飛んでしまうけど。
　けれど紅美との縁が切れたわけじゃない。真白はスマホを充電器から外した。
『今日ヒマ？』
　メッセージを送ったところ、ゲーム内イベントみたいに瞬間で紅美から返事が来た。
『暇死』
　暇すぎて死にそう、の略だ。二頭身の野武士が野垂れ死にかけているアイコン付きだった。
『店行く？　朝イチ』
　返事はわかっているけど、祈るように送信ボタンを押した。
　さっきの野武士が抜刀し、「ウラー！」と叫びながら突進してくるアイコンがただちに到着した。
　どうしようか、時間まで。
　開店と同時に行くにしても、まだずいぶんと早い。

　
　結局真白は、開店よりかなり前に到着した。
　ゲームショップ『クラン＝G』、ホビーの楽園にして非電源の殿堂に。
　さすがにまだ誰も来てないよね、開店前だし。
　といっても店長代理の三佐倉千絵はいつも朝が早いから、会えたら顔なじみだし早めに入れてもらえるだろう。見つからなかったとしてもスマホゲーでもしていればいい。このところ寒さもだいぶやわらいできたことだし――。
　という真白の考えはここで、引きちぎられるようにして途切れた。
「って、何この人の列！？」
　ムカデといっても過言ではない。それも龍みたいなムカデだ。
　長い長い行列ができているのである。ずらーっと。『クラン＝G』の前に。
　行列ができていることは真白も早々に気がついていた。といってもパチンコ屋の新装開店とかベーカリーショップのオープンだとかそういうものだろうとぼんやり思っていたのである。
　え、何があったの！？　店にこんな行列ができているの見るの初めてだよ。
　そもそも『クラン＝G』は行列ができるようなタイプの店ではない。雑居ビルの一角だった時代ならいざ知らず、現在は閉店したファミレスを居抜きで買い取ったものだから入場制限がかかるようなことはないし、プラモ・フィギュアやトレカ、モデルガンにボドゲ、その関連書籍などなどをそろえたホビー王国といっても、そういうものが奪い合いになるほど過熱人気になったことはかつてないのだ。店舗こそ大きいけれど実際は通信販売が総売上のかなりの割合を占めているそうで、これだけの規模があるのは倉庫も兼ねているからだと千絵が言っていた気がする。
　並んでいるのはほぼ全員男性だ。店で見かけるようなホビーファンらしき姿もないではなかったが、想定顧客層よりずっと年長の、あまりこういう言い方はするべきではないが小汚い身なりのものも多い。
　殺気立っているような印象もあった。何かずっとブツブツ言っている初老の男、しゃがみ込んで携帯で話しつづけている中年、明らかに目つきの悪いのも何人もいる。わくわく感はゼロだ。トレカの新作を買いに来ました！　という雰囲気じゃない。
　――千絵ちゃん大丈夫かな。　
　やはり行列は『クラン＝G』を目標としていると察知して、真白が真っ先に思ったのこはこれだった。
　プライベートの電話番号は聞いている。物陰まで移動して千絵に電話した。
「千絵ちゃん？　今、私店の近くなんだけどさ……」

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