「ねこのしま」にて｜リアクション

「ねこのしま」にて

　おや、と言ったのは以前、出張譲渡会のときにもいた中年の女性店員だ。万条幸次からすれば母親くらいの年齢、ふくよかな体を揺らしてほがらかに笑って、
「どうぞどうぞ」
　と店に迎え入れてくれる。
「万条君だったよね？　きょうは？」
　幸次のことを覚えていたようだ。幸次は笑顔を返した。
「はい、今回はお客さんとしてきました」
「それはそれはいらっしゃいませ、でも」
　おばさんは肩をすくめる。
「今日私、午前中だけのシフトなの。接客できなくて残念だわ。ごめんなさいね」
　また来てねと言い残し、花柄の傘を手にして出て行った。そういえば英国調のコートを着ている。
　見送って幸次は内戸を開けた。なるほど店内の猫が飛び出さないよう二重ドアにしているのか。
　ところが開けてもメインではなかった。玄関のようになっており靴を脱ぐ構造、まだその先にも扉があって、廊下にぽつんとレジカウンターが設置されているだけだ。
「いらっしゃいませ」
　レジ前にいるのは初めて見る女性店員である。エプロンの柄は二匹の子猫だった。自分と同い年くらいかなと幸次は思った。髪が多い。長いのではなく多いのだ。もさっとしたカツラをわざわざかぶったみたいに。
「少々お待ち下さいませ」
　いささか舌っ足らずながらきっちり告げると、もさっとした髪の店員は店から出てきた初老の夫婦客より伝票を受け取った。カチャカチャとレジを打って「ありがとうございました」と快活に送り出す。
　幸次に向きなおって言った。
「ご予約の方ですね？」
「ええ、予約というか……電話した万条です」
「お待ちしておりました。外着とお荷物はこちらで預かります」
　一生懸命ビジネス調で話そうとしているようだが、どうにも板についていない。サイズの合わない靴を履かされているような印象だ。きっと普段はこんな口調ではあるまい。名札には『なるこ』とある。苗字なのか名前なのか。
　簡単に料金システムと店内での注意を説明すると、店員は三枚目のドアを開けたのだ。
「いまお客様は万条様だけです。どうぞごゆっくり」
「わあ……」
　思わず声が出た。
　八畳間くらいの空間がふたつ、簡単にパーディションで区切られているが見渡せた。ひとつめの空間はフローリングで奥はカーペット敷きだ。床暖房がきいている。住居空間を思わせる調度品があって、ソファやキャットタワーの用意もある。
　もちろん、いたるところに猫がいた。
　ころころしている猫、キャットタワーで眠る猫、ソファにスフィンクスみたいな姿勢でいる猫も。木製チェアの上で横座りしている猫もいるではないか。
　キジトラ模様の若猫が、とてとてと前を横切り「にゃあ」と鳴いた。最初にうっすらと聞いたのはこの猫の声だろうか。今ははっきりと聞こえる。どうやらこの猫なりのあいさつらしかった。

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