春は芽吹く／a hazy mirage was end｜リアクション

春は芽吹く／a hazy mirage was end

　雪に雪という文字を重ねて雪を乗じたような状態。
　窓の外視界の向こう、隅から隅まで。
　つまり大雪だ。否、豪雪だ。恐ろしいまでの。
　お天気番組がやりがちな『観測史上もっとも雪の多い○月×日』なんてレベルじゃすまない記録的な雪の量だった。雪雪雪雪どこまでも。本日は未明からずっと。
　窓の外を見れば膝くらいまで積もっているのがわかる。雪国ならまだしも温暖な寝子島ではありえないくらいだ。スキーもできそうだし実際坂道でやっている人もいそうなものだが、落合まゆらはそんな無謀には挑まない。
　今日はおこもりおこもりっ。
　そう決めている。
　早朝トレーニングと朝風呂をすませると、本日の予定はほぼ終了だ。登校もバイトもなくなった。なにせ現在大雪豪雪警報が絶賛発令中、学校は休校だしバイト先も臨時休業との報が早々に入った。そもそも交通手段が動いてない。身も心も骨休みの一日なのである。
　エアコンをつける。暖房出力は思いっきり。
　こたつにイン。もちろん設定温度は最大。
　温かいを通りこして暑いくらい。こんな贅沢が許されるのも独り暮らしならではだ。
　まるでバケーションじゃないか。エンジョイするのならとことんと、まゆらが着たのは夏みたいな薄着だ。まさか夏の足音を聞くより先に、この服に袖を通す日が来るなんて。

　普段だったらいまごろまだ電車かなぁ。
　時計をちらりと眺めて思う。
　ホットなこたつでホットな漫画を読む。何度も読んだ話だけれど、こんなリラックスした環境で対峙すると味わいはまた格別だ。
　大好きなシーンにさしかかる。
　尊い……。
　読み終わり余韻も収まってから、録りためていた冬アニメの消化に入った。立て続けに二本鑑賞し、エンディングテーマまでしっかり聴いてメロディを覚える。今度カラオケで歌おうかな。
　つぎはSNSだ。さすがに大雪の話題でもちきり！　こんな状況でも出社を強いられ電車がストップ、見知らぬ場所で立ち往生して泣いている社会人のコメントもある。社畜だとか呼んで嘲笑（わら）う人もいるけれど、さすがにそれってひどくないか。
　気の毒だよね、こんな雪の中で。
　さて――。
　ラノベの続きでも読もうかと本に手を伸ばしたところで、まゆらの耳は聞き慣れぬ音をとらえた。
　ミシミシ……というか、
　メキメキ……というか、
　あるいはその両方が交互にやってくるというか。
　口笛ふきたくなるような心躍る音ではない。
　むしろ正反対だ。不吉なサウンド・オブ・ノイズである。
　天井裏に忍者がひそんでいたとしたらこんな感じだろうか。いや天井裏ではなくて屋根だとしたらどうだ。屋根に霧隠才蔵が？　いやまてよ現在の天候は……。
　まさか、雪の重みに耐えかねてる！？
　天井を見上げるまゆらの顔から、血の気がすうっと失せていく。
　旧市街のこのアパートは、寝子高卒業後に桜花寮を出て移り住んだ格安物件だ。相場よりずっとチープな家賃にふさわしいオンボロ具合、築四十年が不動産屋の触れ込みだったが、どう見ても五十年オーバーだと思ったものだった。
　ということはつまり。
　危なくない？
　ガムテープをはがした段ボール箱みたいに、アパートが丸ごとぱたっとつぶれる姿をまゆらは想像した。
　やばくない？

このページにイラストを設定する