大きな家の門、『芋煮』と表札がかかっているところでまた彼女は尻込みした。
「……やっぱやめない?」
芋煮 紅美(いもに・くみ)が途上、この言葉を口にしたのはこれで九回目だ。
やめない、と
七枷 陣は首を振った。
「言っとくが僕だって怖いんだからな」
ドアがひらき紅美の母親が顔を見せたとき、陣は紅美と並んで立つとありったけの勇気を出してこう告げたのである。
「僕はお宅の娘さんが起こした公園事件の関係者です」
と。
わ……と一文字分口にしたものの続きを宙に浮かせたまま母親は黙った。
ゆっくり四を数えられるくらいの時間が経過して、
「私に言われても!」
ようやくこの人が発したのは衝撃や反省やましてや居直りでもなく、パスされたボールを迷わず味方に投じるような言葉だった。
「私は知りません! 知らないんです! お話しすることなんてありません、何も!」
一目でそれとわかる高級そうな服、いくらかくたびれてはいるものの、現在もあちこちにお金をかけているのであろう若々しい姿、目が紅美似なので親子であることは明白だ。
だしぬけに母親は屈んだ。
足元からぬっと顔をのぞかせたものがある。チワワだろうか、不機嫌そうな顔をした白い小型犬だった。陣を見上げて牙をむき喧々と吠えた。
「ああパールちゃん。大丈夫だからね――」
母親は両腕で犬を室内に追い立てるようにして、自分も家の中に入っていく。
「とにかく、私は知らないのでお話することはありませんから! 紅美ちゃんも早く部屋に入りなさいね」
「えっ……ちょっと待って下さいよ!」
のばした陣の腕を紅美が押さえた。
「無駄よ。万事あの調子だから」
クリスマスプレゼントの包装紙をやぶいたら学習参考書が出てきた、とでもいうような笑顔で言った。
「今日はありがとう。あとは自分で何とかする」
「けど紅(くれない)、そんな……」
「いいって。どうせこうなるって予想は半分ついてたし。あの人にとって、私はあのクソ犬以下の存在だから」
あのな紅、と陣は語気を強める。
「
ここで、はいそうですか、って引き返せるはずないやろ」
退くつもりなどない。
紅を現実に復帰させる、その決意でここまできたのだ。
不登校であっても引きこもりであってもいい、もちろんいつかは戻るべきだと思ってはいるが、今は過渡期なのだと考えることもできる。
けれど紅が人を殺める一歩前だったこと、もっと言えば、自分なんてどうなってもいいと捨て鉢になっていたこと、それだけは看過できない!
「そもそも知らないってどういうことや! 母親が知らんなら誰が知っとんねん」
「それは」
紅美が言葉を詰まらせた。
一目でそれとわかる高級乗用車が、滑り込むようにして芋煮家の敷地に入ってきた。
◆ ◆ ◆
あれ? と三佐倉 千絵(みさくら・ちえ)はつぶやいた。
ゲームショップ『クラン=G』の自動ドアが開かない。
店の電気も落とされている。
施錠されているのだ。分厚い台帳を下ろして軒先に置き、リュックサックをさぐってカードキーを探す。
やっぱり、と千絵はつぶやいた。
店内には誰もいない。
――合鍵の置き場所おぼえてますよね?
三十分ほど前に千絵が陣に告げた言葉だ。
これは、店は任せますという意味であり、店を空けてもいいですよという意味ではなかった……つもりだ。
けれど自信はない。
紅さん、大変だったみたいですから。
陣は彼女を自宅に送っていったのだろうか。
それとも……。
想像がつかない。
「ま、いずれにせよ店は開けなくちゃね」
誰でもない自分自身に言い聞かせて千絵は正面ドアから入って明かりをつけた。
外は記録的な豪雪だ。ずんずん積もるなんてものではない。下手をすると店は埋まってしまうかもしれない。雪をかき分けボードゲームやトレーディングカード、プラモデルを買いに来る勇士がいるだろうか。
いなくたっていい。
客が来なくたって『クラン=G』はオープンしている。この店こそホビー人たちの希望であり灯(ともしび)なのだ。これは店長代理としてのプライドであり喜びだ。
しかし間もなく自動ドアは開いたのである。
リクエストありがとうございました! 桂木京介です。
七枷 陣様へのプライベートシナリオをお届けします!
シナリオ概要
拙作『朧冬の蜃気楼/a hazy mirage of winter』の7~8ページにかけての部分の直接的な続編となります。
シナリオ『……アンド・ユア・バード・キャン・シング』に描かれた事件で傷ついた芋煮紅美を現実の世界に呼び戻す(自暴自棄の状態から解放する)ため紅美の家に乗り込んだあなたですが、母親は自分は知らないと言い張るばかり、そこに父親が帰宅します。
果たしてあなたは、どのようにして紅美の両親と直談判するのでしょうか?
高度なアクション構成力が必要となるかもしれません。私もドキドキしつつお待ちしております!
また、本作ではリクエスト主である陣様以外のPCさんも2名まで可能としております。
芋煮紅美が直接登場するのは陣様のシーンからとなりますが、こちらは数時間後あるいは数日後などの場面でも可能です。
ファミレスを改造した大型ゲーム&ホビーショップ『クラン=G』は現在、記録的豪雪のなか店長代理の三佐倉千絵がひとりで店番をしております。千絵とゲームで遊ぶなどの参加も歓迎したいところです。
元になったシナリオ『朧冬の蜃気楼/a hazy mirage of winter』に参加していたかどうかは参加資格には関係ありません! もちろん元シナリオを読んでいなくても、「豪雪に遭難しそうになっていたとき、オアシスのような店に緊急避難してゲームで心を暖める」なんていう展開もいいですね。
念のため申し上げますが、店に強盗をしかけるなどのシナリオブレイク的なアクションはお控え下さい(汗)。
状況
シナリオガイドの場面は一月、大雪の日の午後です。
この日はすさまじい豪雪で実は警報が出ていたりします。
場面はこの日の描写に限りません。
さすがに数週間先はやりづらいのですが、数日後程度でしたら自由にアクションをかけてくださいませ。
NPCについて
原則、以下のNPCが中心ですが、アクション次第では他のNPCも登場可能です。
●芋煮 紅美(いもに・くみ)
中学生。
小学生時代、出会い系サイトに援助交際可能という囮の書き込みを行い、これに食いついた大人を仲間たちと袋だたきにするといういわゆる『援交狩り』をやっていた過去があります。
援交狩りが終了してからは引きこもりのようになり、矯正に名を借りた悪質引き出し業者の施設に監禁されていました。
●芋煮 真弓子(いもに・まゆこ)
紅美の母親です。
自分で考えるということをあまりせず、夫(紅美の父親)にほとんどの決定権をゆだねています。
元ミスコン優勝者です。
●芋煮 成二(いもに・せいじ)
紅美の父親です。
母親と比べて十近い歳上の会社経営者。
かつて紅美を進学塾に通わせ将来に過度な期待を寄せていたのですが、その進学塾こそ援交狩りのグループになっていたことを知ってからは持てあまし気味です。紅美を矯正施設に入れたのはなかば責任放棄だったのかもしれません。
●三佐倉 千絵(みさくら・ちえ)
ゲームショップ『クラン=G』店長代理。オーナーの娘です。
真面目な性格でボードゲームに深い愛を抱いています。トレーディングカードゲームは「あまり積極的にやりません」と言いながらかなりの実力者です。
それでは、次はリアクションで会いましょう!
桂木京介でした。