『ネズナズネ』　～或いは小さな大冒険～｜リアクション

『ネズナズネ』　～或いは小さな大冒険～

「……さ、そろそろ行きましょウ」
　寿井知は未だに何が何やら、といった表情だったが、やがて辺りを伺いつつ先陣を切って歩き出した。
　慣れた様子で壁――と言ってもエアコンの室外機だが――から道路の様子を覗き見て、人がいないことを確認すると、御巫に向かって頷く。
「この辺りはまだ人が多いですから、気をつけて下さいネ」
「そう言うあなたが一番危なっかしいんですけどね……」
「あ、酷いナァ」
「ついこの間、食べ物の匂いにつられて子供に蹴られそうになってたのは誰でしたっけ？」
「ァー……あ！」
　軽口を叩きあっていた最中、途端に寿井知が声を上げる。
　振り向くと、キラキラした瞳を大きく開いて掌を合わせた。
「せっかくですから、あそこに行きましょウ！」
「……あそこ？」
　突然の事に御巫は勿論、鳶色彦も一緒に困惑している。しかし気にすることもなく寿井知は栗色の髪を上機嫌に揺らしながら歩き出す。
　少し風が吹くとそれだけで大きく身体が煽られるが、自然に鳶色彦が身体を支えてくれた。
　寿井知は相変わらず一人楽しそうに歩いているが、付かず離れず、しっかりと周囲を確認しながら――元来の習性かも知れないが――しっかりと気を配ってくれていた。
　突然の出来事に強張っていた気持ちが自然と安らいでいることに気付くと、御巫が空を仰ぐ。
　仰向けに寝ながら見上げた時と高さとしてはさして変わりがないはずなのに、随分と高く、遠く見える。
　心情を察して、と捉えるのは幾分か都合の良い解釈かもしれないが、太陽の光が雲間から覗いていた。
　陽の光の中にいくつか、黒い影が横切ったのが見える。
（そうだ、もしかしたら）
　先行していた二人に声をかけ、御巫が上空に見えた影に向かって思いを飛ばす。
　――ろっこん、鳥の囀り。
　身体が小さくなってしまっている今、自分のろっこんが届くかは解らなかったが――僅かの間をおいて、でっぷりとした鳩が目の前に降り立った。
　警戒の色を顕にした鳶色彦達に手を掲げ「大丈夫ですよ」と一言添えて、御巫は鳩へ向き直る。
「突然すみません、お伺いしたいことがありまして……」
「何だい何だい、随分と珍しい声が聞こえると思ったら……ヒトっぽいけど、ヒトでもないな～、変なの」
「元は人だった……と言うか、今も一応は人間なんです」
　説明の難しい状況だったが、ある程度掻い摘んで、貫禄のある身体を揺らす鳩に事のあらましを話した。
「ふぅん、光る穴、ねぇ～」
　曖昧に相槌を打ちながら鳩が首を振る。羽毛が飛んでふわり、と浮かぶのを寿井知が無邪気に追いかけていく。
　目を細めてそれを眺めていた鳩の動きが止まった。
「あぁ、そういえば……穴じゃあなかったけど随分とキラキラしてるトコ、あったね～」
「えっ、それは何処で見ましたか？」思わぬ収穫に若干食い気味に身を乗り出してしまう。
「何ていうんだろうね～、あれは。若い人間達が暑い時にやたら水浴びしてる、あの……小振りな湖、みたいな？」
「水浴び、人間が、暑い時に……？」
　オウム返しをする御巫に、肝心な部分の表現方法を考えあぐねている鳩の後ろから、羽毛を手にした寿井知がひょっこりと顔を出した。
「プール、ですかネ？」
「プール……？」
　自分の落ちた水溜りと比べればあまりにも規模が違うが、確かに同じ水場ではある。キャットロードから西側のプール、となると。
「寝子高……？」

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