『ネズナズネ』　～或いは小さな大冒険～｜リアクション

『ネズナズネ』　～或いは小さな大冒険～

　御巫時子は、ただひたすらに、走っていた。

　吐く息が白く顔を包み込むのは、小さくなっても変わらないようだ。
　自分が考えているよりも、身体が前に進むのが遅い。
　舗装されているはずのコンクリートに思ったよりも凹凸が多いことに驚きながら、山之鳶色彦に掛けられた言葉を反芻していた。
「周囲に気をつけて下さいね」
　出掛けの挨拶の「いってらっしゃい、気をつけてね」程度に認識していた事を少し悔やみながら、走る。
　僅かに視線を後ろへ向けると、球状の青い物体がこちらへ向かって転がり続けていた。
「御巫殿！」
　鳶色彦が御巫の手を取り、引く。と、さっきまで立っていた場所を巨大な物体が通り過ぎていった。距離が離れて初めてそれが子供用のゴムボールだったことを知る。
「危なかったですねェ」
　どこかに隠れていたのか、寿井知が頬を掻きながらのんびりと口を開く。
「ありがとうございま、す」決して多くない運動量にも関わらず息が切れる。
「大丈夫でしたか？　……ぁ」
　御巫が握られたままの手に視線を落とすのと同時に、鳶色彦が手を放し、少し離れた。僅かに俯いて両手を揺らしながら「あの、すみません、その危ないと思ったので咄嗟にですね、あの」と小さく喋り続けている。
　慌てぶりから、肌感では解らないが、顔からは湯気が出ているようにさえ見えた。
　その様子に、思わず御巫が微笑みを浮かべる。
「お陰様で、無事でしたよ」
「……？」
　一通り慌てふためいた後に咳払いをした鳶色彦を、寿井知は不思議そうに顔を傾け、眺めていた。

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