【ずっとずっと、三人で】

　でん。でん。ででん！
　ひとつのベッドにマクラが３つ。ベッドはふたつあるのに……ホテルのスタッフさんが気を利かせてくれたのでしょうか。
「いや、これはまずいだろ。うん。……まずいよな？」
「えっとその、私に聞かれても……」
　いよいよもって真っ赤なお顔でふたり、チケットを引き当てた海のほうをぎぎぎっと見やりましたら、
『私もしらなかった』
　こちらもやっぱり、真っ赤っか。
　ともあれお部屋はさすがのスイートルーム、これでもかとゴージャス！　６５㎡の広い室内はリビングと寝室が区切られていて、ひろびろのびのびな快適空間です。
　リビングには６５インチの大きなテレビが壁にかけられていて、これまた大きなふかふかカウチソファでゆったりくつろぎながら、地上波からケーブルテレビまでありとあらゆる番組が楽しめます。もちろんネット配信の映画も見放題！　室内のプライベートバーだって全部無料でいただけます。
　寝室にはダブルベッドがふたつ。まるで王侯貴族が寝るかのような意匠のヤツがでん、どどんと並んでおります。寝心地はもちろん最高！　こちらにもでっかいテレビが掲げられていて、寝転がりながらでも映画や番組を鑑賞可能です。
　バスルームだってスゴイのです。一面大理石で、シャワールームはガラス張り。ずらり揃った高級ヘアケア・ボディケア製品などのアメニティも使い放題で、純白の清潔なタオルがきっちり折り目正しくかけられているのも嬉しいポイントです。お風呂も大きい！
　そのほかにも、ホテル内のプールやサウナ、フィットネスジムなどは無料で利用可能ですし、ルームサービスだって頼み放題と、もう至れり尽くせりなのでした。
　そんなホテルのスイートルームにて、３人でご宿泊。いやがおうにもムードは高まろうというものですけれど……いずれも顔を赤くしてあわわ、あわわと落ち着きません。未成年な彼らにはちょっぴりおハイソすぎたかも？
　と、おもむろにさっとスケッチブックを取り出した海。ずばばばばっとなにかを書きつけたかと思うと、刀と千歳に向けてすごいイキオイで見せました。
　いわく。
『おフロにはいろう』
「なんで！？」
　とりあえずお風呂でも入って一拍置いて、頭を冷やそうということでしょうか。余計ゆだってしまいそうな気もしますけれど……まー海も少々目が泳いでおりまして。
　刀も錯乱のあまりか、思わず尋ねました。
「ええと、それはもしかしてもしかすると……３人で？」
「いやひとりずつでしょう」
『ひとりずつ』
「ですよね！！」
　ちょっぴり残念。ちょっぴり、ほっ！
　浮つきがちな彼らは、ひとまず順にお風呂タイム。特別な夜は更けてゆきました。



　確かに、先におフロをいただいたのは良かったかもしれません。さっぱりとして出てきた頃には、三人とも少し落ち着きを取り戻して笑い合うことができました。
「はは。なんか、照れるな」
「そうね……ふふっ。なんだかおかしい」
　バレンタインの日、突然に福引で宿泊券が当たり、突然にステッラ・デッラ・コリーナで３人お泊り。告白を経て、恋人同士にだってなりました。いろんなことがありすぎて、どこか現実感があやふやです。
　すっかりいつもの調子に戻ったらしい海は、寝室の大型テレビを指差して、
『映画でも見る？』
　ふたつのベッドの片方、その真ん中に刀がでーんと身を横たえ、隣に海がぴったり。千歳も恥ずかしがりながらそっと寄り添い、川の字になって寝転がり、映画鑑賞です。
　トーキー時代の幕開けとなった頃のモノクロ映画。音量は絞り、静かにゆったり、映像に展開される恋愛模様を楽しみます。今この瞬間にふさわしいのはやはり、ごりごりのアクション映画ではなく静謐で美しい叙情を映すロマンスでしょう。
　この瞬間にあって、映画はフレーバーのようなもの。三人、画面に見入りながらも何気ない会話だって弾みました。
　学校であった、ちょっとしたこと。
　昨日のお天気。面白かったテレビ番組。
　友だちのおかしなエピソード。
　進路について。
　今日の素敵なディナーのこと。
　お気に入りの空き地での告白とキスに話が及んだ時、海がすっと身を起こして、スケッチブックにペンを走らせました。頬はほんのり赤く、けれど表情にはもう動揺の色はありません。
『こいびとになって、初めての夜だけど。そういうことするのは、やっぱりまだ、ちょっとこわい』
「あ、ああ」
　そういうこと、がやけに生々しく思えて、刀はこくんと喉を鳴らします。
『だから、ごめんね。今日は、これだけ』
　そう書きつけて見せた直後に、海はスケッチブックをぽいと投げ捨て、刀の胸の上へよじ登るようにしてすり寄り、そして。
　唇を合わせました。
　びくり。刀は震えて、
「海、だ、大胆……」
　千歳は息を呑みました。
　初めはソフトに。やがて緊張で閉じられた刀の唇を、海の舌が割り開きます。
　とろけるような、これが初めての、大人のキス。
「……海」
　一度身を離した海の背を抱き寄せ、今度は刀からも。長く、永遠と思えるような、ほんの数秒でした。
『ちとせも、する？』
「ふえっ！？」
　傍観するままだった千歳も、もうふたりと恋人同士です。
　照れ屋な彼女を刀がリードして、背中に手を回してくいと抱き寄せると、
「……あっ……」
　震える唇を重ね合わせます。
「あ、痛った！」
　かつんと歯が当たってしまいました。焦りからか、ちょっと勢いがつきすぎたようです。
「……ぷっ。もう、恥ずかしい！　私初めてだったのに」
「わ、悪い。もっかい、する……？」
「ふふふ」
　千歳は屈託なく笑って、小さく刀へ口づけました。
「今はこれで……私、ちょっと化粧室に行ってくるわね」
　なんて、照れ隠し。取り残された刀は所在なくかりかりと頭をかきました。
　そして海はそんなふたりをいつまでも、幸せそうに微笑みながら眺めているのでした。



　結局ベッドは、ひとつを刀が、ひとつを千歳と海が使うことにしました。あのままいっしょですと、きっと眼が冴えてしまって眠れないでしょうから。
「海、狭くない？」
　こくり。
　海の青い瞳がこんなにも近くて、千歳はどきどき。鼓動はとめどなく早まります。
　ふと。海がまっすぐに千歳を見て、深くじいっと覗き込みました。
　口だけがぱくぱくと動いて、言葉を伝えます。意味はおそらく……ごめんね。
「うん？　どうしたの、海……んむぅ！？」
　舌を絡ませる、濃厚なキスでした。
　窒息しそうな一瞬を経て、ぱちり目を開けると、変わらず青い瞳が雄弁に語ります。
　さっきは刀にしたから、千歳にも。今はこれだけで、ごめんね。
「もうっ……び、びっくりしたわ。海ったら」
　こくりと首を傾けて、海は瞳で尋ねます。イヤだった？
「……イヤじゃないわ。私もあなたが大好きよ、海。刀君と同じくらいに、ね」
　照れまじりながらに、それは心からの答えであったことでしょう。海もにっこり！
　そして女の子たちのそんなやりとりに耳をそばだてて、刀は一晩中を悶々としながら過ごしたということです。



　特別な夜を経て、三人は変わります。
　曖昧だった関係は、恋人同士に。
　淡くぼやけた恋心は、強く確かな愛情に。
　これから幾多の夜を、三人はいっしょに迎えることでしょう。
　あたたかく、騒がしく、愛おしい日々がこれからもずうっとずうっと、続いていくことでしょう。