【ゴージャス・ディナー】

　三人そろって、ふわ～っ。大口あけてポカンとしてしまいました。
「イベントをやってるとは聞いてたけど……」
「すごいもんだなあ」
『ね』
　ステッラ・デッラ・コリーナでは現在、『バレンタイン・プリンセス・ビュッフェ』を開催中！　お客たちは貴族に王族、王子さまにお姫さまといった装いに着飾り、誰もが優雅な所作で行き交う光景は、ビュッフェというよりさながら立食パーティーの様相を呈しておりました。
　無論のこと刀と千歳と海の三人だって、コトここにあっては王子さまですし、お姫さまなのです。
「なんだか、クリスマスの時を思い出しちゃった」
　とは千歳の談。慣れないミニスカートの裾を気にしながら、きらきらぴかぴかに飾り付けられたパーティールームを刀にエスコートされて歩いた夜の思い出は、確かにこのゴージャスな空間と通ずるところはあったかもしれません。


　と、刀はおもむろに両肘をくいと突き出しまして、
「参りましょうか、お嬢さまがた」
『エスコートよろしくね』
「え、ええ。いきましょうか……」
　緊張気味な千歳も、案外肝の据わった海も、刀の腕へ手を預けます。絢爛なまでにきらびやかなホテルを歩む三人は宮廷に現れた紳士に淑女。誰しもが彼らを振り返り、熱を帯びた視線を投げかけます。
　なーんて、余裕ぶった刀は表情こそ繕ってクールに振る舞っているものの、内心は心臓ばっくばく。ホテルの雰囲気もさることながら、先ほどの空き地での印象深い告白がまだ彼の胸を著しく揺らしているのでした。
　まあもっとも、あからさまにぎくしゃくしがちな千歳のみならず、海だって心の中ではちょっぴり動揺していたりもしますけれど。
（私、ヘンな顔してないかな～……気になっちゃう）
　ぺち、と頬に手を当てると、火照った肌がほんのり、ぽわん。お隣の刀や千歳の頬も同じように上気しているあたり、ふたりも同じことを考えているのでしょう。
　ともかくも、そんな素敵空間に三人もいるのですから、楽しまなきゃソン！　というわけで、柄の入ったやけに高級そうなトレイを手に、料理を取りにゆくことにします。
「料理も豪華だけど、やっぱりバレンタインだけあって、チョコレートやケーキが充実してるな」
「ええ。さすがプロのパティシエが作ったお菓子だわ……なんだか食べるのがもったいなくなっちゃいそう」
『ほんとだね！』
　まずはずらり並んだ料理の数々をお皿に取り、堪能します。
　席へ戻って、まずは前菜から。いただきます！
「……！　これは……やばい」
「ええ……やばいわね」
『かんそうがいっしょ』
「だってこんなの、どう言い表せばいいのか……！　もう、すっごく美味しい！」
　メニューは和洋中と幅広く用意されているものの、ステッラ・デッラ・コリーナの名前が示すように、ことにイタリアンには力が入っているようです。ヒラメのカルパッチョ。フォアグラ包みのパイ。シーフードのテリーヌにマリネ。フォアグラとあん肝。イワシの香草焼き。キノコのガーリックオイルソテー……どれもこれも、頬が落ちる美味しさとはこのこと！
　メインディッシュもまたそうそうたるラインナップです。日本人なら誰でも嬉しい、産地直送の新鮮魚介類を惜しげもなく使ったお寿司。てりてりの霜降りが入った和牛の豪快ステーキ。丸ごと大迫力の北京ダック。カニにロブスターに伊勢海老に、トリュフにキャビアにウニマグロ。各種ブランド牛やらウニやらうなぎやら……ともかくてんこもりの高級食材を一流のシェフが調理するのだから、美味しくないわけがありません。
　どれもこれもが、絶品！
　思わず三人、にーんまり。ほくほく笑顔が絶えません。
「これ、海が好きそうだな。食べるか？」
　こくこく。
『これもおいしいよ、ふたりともたべて』
「お、サンキュ。千歳のそれも美味そうだなぁ、こっちの肉と交換しない？」
「いいわよ。ふふ、ほんと刀君は、色気より食い気よね」
　おはしもフォークもスプーンも、もう止まりません！



　豪華料理をお腹いっぱい堪能した、その後は？
　そう、デザートですね！
　『バレンタイン・プリンセス・ビュッフェ』と銘打つからには、チョコレートスイーツの充実っぷりはもはや尋常じゃあありません。定番のチョコケーキ各種にガトーショコラはもちろんのこと、ひと口でいけちゃうチョコドーナツやチョコタルト。チョコがけバウムクーヘンにチョコプリン。チョコマフィンにチョコブラウニー、チョコアイスにチョコレートパフェ、チョコムース……おお、チョコファウンテン！
　もちろんチョコスイーツ以外のメニューだってばっちり揃っておりますし、ここに無いものは注文して調理してもらうことだってできました。
『べつばら？』
「別腹ね」
「俺もまだいけるぞ」
　三人ともゼンゼン余裕アリでして、思い思いのデザートをお皿に乗せたらさっそく、ぱくぱくり。
　甘いけど甘すぎない、絶妙な甘さですっきりさわやか！　かと思えば濃厚チョコががつんとクリティカル！　プロのパティシエが丹精込めてこしらえたメニューの数々は確かに、それを裏打ちする深みを感じさせてくれます。これが高級ホテルの高級スイーツ……！
『かたな』
「うん？」
　ふと、海はチョコムースをフォークでひと口すくい、刀へ差し出します。いわゆるひとつの、あ～ん♪　とゆーやつです。ついでにいうなら間接キスでもありました。
　とはいえもはやすっかり気心の知れた間柄、なんたって恋人同士です。あっさりすんなりぱくりといただいて……と思いきや、
「あ、ああ。その……えーっと」
「あら、刀君照れてる？」
「いやだって、なあ。さっき告白しあって、俺たち付き合うことになったんだなって思ったら……」
　思春期男子の頬がぽわっと赤面したかと思えば、まるで連鎖するかのように少女たちも顔を朱に染めました。恋人となった今、あ～んくらいはさりげなくこなしてしまえるかというと、意識してしまう分照れ度もマシマシになのでした。
　それでも、ん！　とフォークを差し出す海に恥をかかせるわけにはいきません。男・刀、意を決して……あ～ん！
　ぱくり！
「お……うまい」
『でしょ？　ちとせもたべて』
「わ、私もなの！？」
　あ～ん！　ぱくり♪
　初々しい恋人たちのちょっぴりぎこちないイチャイチャは、周りの客までもほんわか、和ませたりしました。
　そんなこんなでメニューもひととおり味わったところで、デザートのメインをいただきます。プロの作る絶品スイーツももちろん良いですけれど、本日の主役はこちらです。
「それじゃ、海ちゃんと刀君にもらったチョコをいただこうかしら」
　海の手作りチョコはもちろんのこと、既製品なはずの刀のチョコまでも、なんだか輝いて見えました。朴訥な彼がどれだけ悩んでプレゼントのチョコを選んだかは想像に難くないところですし、海のチョコには文字どおりに愛情がたっぷり込められています。
　ぱく、ぱくりとひと口ずつ。
「ああ……これよね、やっぱり。美味しいわ、ふたりとも」
　思わずほっぺたまでとろけてしまいそうな、しっとり濃厚な甘さ。想いこそが最高の調味料なのだと、千歳は舌の上で理解しました。
『私も、ちとせとかたなのチョコ、もらうね』
「俺も。ふたりともありがとうな」
　お嬢さまっぽいのは苦手、なんて言いながら、千歳のお菓子作りの腕前はなかなかのものです。今年はイチゴソースをかけたトリュフチョコで、見た目もきれいな本格派！
「今はまだこのくらいだけど。来年、再来年はもっとすごいのを用意するから、待っててね」
「いや、これすげー美味いよ！　来年はこれよりもっとすごいのか、こりゃ楽しみだな」
『うん。おいしい！　ありがと、ちとせ』
　ホテルの料理やスイーツを食べた後なので、なんだか気後れして出しにくかったりしましたけれど。こうしていただいてみれば、やっぱり今日のメインディッシュはプレゼントのチョコなのです。
　どんな豪華料理よりも、深く胸を打つ……やさしいチョコの甘味を、三人は夢見心地で味わいました。



　ディナーを心行くまで堪能して、お腹いっぱい。
　そろそろ泊まる部屋でも見てみようか、あとでお互いのお部屋に遊びにいこうよね、なーんて談笑しながらフロントへ行ってみたらば。
「……えーーーっ、３人いっしょの部屋！？」
　主に千歳の、悲鳴めいた声が響き渡りましたとさ。