喫茶「セピア」営業日誌：「猫の日」展覧会｜リアクション

喫茶「セピア」営業日誌：「猫の日」展覧会

　　祖母からの贈り物の猫のぬいぐるみを抱え、薬葉依菜里は意気揚々と店内を散策していた。
　たくさんの猫の作品に囲まれて、ご満悦の様子な依菜里の姿は、猫と同じくらいほっこりとした気分を連れてくるもので、ある出展者は「サンプルだけど」とくるみボタンで作った猫のヘアゴムを、またある出展者は「自分用のおやつだったけど」と猫型クッキーを持たせてくれる。
　依菜里が宇佐見満月の元へたどり着いた頃には、様々な猫グッズを抱え込んでいた。
「いらっしゃい。猫さんたちはここへ置いて、ゆっくり見ていきな」
　品を並べて空になった段ボールを足元に組み立て、簡易荷物置きを作ってやると依菜里は「お留守番しててね」とでも言うようにぬいぐるみの頭を撫でて一度手を離した。
「このお店はなーに？」
「ブティック……といえば聞こえがいいかねぇ。ようは、」
　可愛らしい猫の柄の生地（もちろん商用利用できる物だ）を広げると、それは依菜里のサイズに合いそうなティアードスカートになった。
「このネコさん、スカートだったの？」
「そうさ。段違いにフリルがついてるから、お姫様みたいにひらひらするかもねぇ。試着してみるかい？」
「する!!」
　簡易試着室としてワンタッチで広がる細長いテントを広げてスペースを作ると、依菜里を招き寄せる。
　困ったことがあれば呼ぶんだよと声をかけ、満月はそのほかの品と依菜里が持ち歩いていたぬいぐるみを見比べた。
「ふむ、こいつはいけるんじゃないかい？」
　手作りのようだがしっかりと縫われている。これならばと、かぎ針編みのニャンコ帽子をぬいぐるみにかぶせてみた。猫のぬいぐるみに猫耳のついた帽子をかぶせるのもどうかと思ったが、逆に耳がすっぽり包まれて苦しく無さそうだ。
「ねー、これでダイジョウブ？　へんじゃない？」
「おお、かわいいかわいい。ほら、お友達もオシャレして待ってたよ」
「わああ！」
　やはり、喜んで着てくれる人がいてこそ作りがいがあるというもの。鏡の代わりに写真を撮って今の様子を見せてあげると、依菜里はとても気に入ったようでくるくるとスカートをなびかせるように回っている。
　ちょうどそこに、運悪くオーダーを運ぶための煉華が厨房から出てきた。男性客に一呼吸置いて接している様子を見ると、やはり姪なんだなぁとしみじみ思い――。
「め……ああ、いや。ちょいと店員さん！」
　よく通る大きな声にびくりとして、煉華のスマイルをわすれないようにしながら大田原いいなは渋々と近づいてきた。
「な、ん、で、しょ、う？」
「いやあね、似合うでしょ。いなりちゃん」
「？　そうね、可愛らしいと思うけど……？」
　コソコソと耳打ちするように満月は煉華に交渉した。
「出店の参加料、ちーっと負けてくれるように店長さんに交渉しといてくれよ」
　小さな子のお小遣いからお代をせしめるのは良心が痛むが、材料費もタダではない。ならば出展料を値下げして貰えればプレゼントとして渡せるかもしれないが、同じ交渉するなら、バイトをしていて顔の利く姪のほうが有利だと判断したのだろう。
「それじゃ、頼んだよっ！」
　バンッと背中を叩いてきた伯母の顔に悪意は無かったが――秘密を握られている身としては、それが非常に怖い物に見えたのかも知れない。

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