二月も、折り返しに差しかかるころ。
鎮目 悠弥は、お世辞でも良いとはいえない目つきを、さらに鋭くして、自室のカレンダーを睨んでいた。
二月といえば、如月。梅見月、木の芽月といった別名もあるが、今の悠弥にとって、作家ゆえに身についたそんな豆知識はどうでもよかった。
なぜなら、悠弥はつい昨日、無事に脱稿した身である。作家業のほうが一段落ついたとなれば、次に着手すべきことは決まっている――そう、喫茶『セピア』の営業だ。
この二月という月には、節分やバレンタインといったイベントがある。
イベントというものは、人々に日々の移ろいや季節を感じさせる重要なものだが、これは集客にもうってつけだった。
ところが、悠弥にとって、先月の頭から今月にかけては、実にいそがしい日々だった。
その主だった理由は、ネタ詰まりによる執筆状況の停滞で、今にいたるまでは、一分一秒も惜しく感じられるような、いわゆる「修羅場」というものだったのである。
このため、二月の節分向けに考えていた期間限定メニューはボツとなり、バレンタインに合わせたメニューを考えるだけの時間もない。
「やっぱり、俺は何をやってもだめなやつなんだ……」
カレンダーから目をそらせば、連日の徹夜によって目の下に濃いクマを作った悠弥の顔が、窓ガラスに映った。いつの間にか、外はすっかり日が落ちている。
「……カーテン、閉めるか」
悠弥は、のろのろと椅子から立ちあがった。そのときだった。
「ねーこ、ねーこ、ねーこねこー!」
ドアの向こうからご機嫌な声がしたかと思うと、
薬葉 依菜里が勢いよく部屋へと飛びこんできた。その小さな腕には、見慣れない大きな猫のぬいぐるみを抱えている。
昨今、流行りのハンドメイドなのだろうか。少しばかり、顔のパーツがいびつである。
「ユーヤ、見て! ネコさんだよ!」
「それは見ればわかるが……一体どうしたんだ、そんな大きなぬいぐるみ」
悠弥が問えば、依菜里は、よくぞ聞いてくれたといわんばかりに胸を反らした。
「おばーちゃんが作ってくれたの! もうすぐ、ネコの日だからって」
たまゆら、悠弥は瞬きをした。
「……猫の日?」
「ユーヤ、ネコの日のこと、知らないの?」
二月二二日。猫の「にゃん」という鳴き声にかけて、「にゃんにゃんにゃんの日」――もとい、「猫の日」である。
思えば、寝子島は何かと猫と縁のある島だ。あるいは、節分やバレンタインといったイベントに乗じるよりも――
再び、カレンダーへと目を移した悠弥は、けれど、すぐに依菜里の頭を撫でて、こう言った。
「依菜里、『セピア』で猫の展覧会をするぞ」
※
「『猫の日』……展覧会?」
恵御納 夏朝は、こてんと小首をかしげた。同じように、彼女が手にはめた猫のパペット――ハルくんもまた、首を傾ける。
どこか、小動物のような愛らしさをかもしだす少女に対し、悠弥はかすかな笑みを浮かべた。
「ええ、そうです。今はまだ、それほど作品は集まっていませんが、これから本格的に募集する予定なんです」
「イナリのおばーちゃんも、ネコさんのぬいぐるみ、シュッテンしてくれるよ!」
祖母から贈られた猫のぬいぐるみで、ハルくんにじゃれつきながら、依菜里は笑う。そして、ふと思い出したように声をあげた。
「カーサ、カーサ! これ、あげる! イナリが作ったんだよ!」
夏朝へと差し出されたのは、橙色をした猫のシールだった。けれど、その顔は、夏朝にはとても見慣れたもので。
「……ハルくんに、似てる……?」
「イナリもシュッテンしたくて作ってたら、なんとなくだけど、ハルくんに似たの! だから、それはカーサにあげるね!」
依菜里の言葉とともに渡されたシールと、ハルくんとを見比べる。偶然の産物といえど、その顔は、まるで瓜二つだった。
「……ありがとう。大事に、するね」
夏朝は、依菜里からもらったシールをハルくんと並べて、記念にと写真を撮る。そうして、その写真をねこったーにアップした。
『セピアで、猫の日にちなんだ展覧会をするんだって。かわいいね』
それはきっと、宣伝などを意図したものではなかった。なんてことのない、日常の一場面だった。
しかし、奇しくも、夏朝が投稿した写真は拡散されてゆき――いつしか『猫の日』展覧会は、ねこったー上のトレンドにもあがるほど、話題のワードになっていくのであった。
はじめましての方も、おひさしぶりの方も、こんにちは。
ゲームマスターの「かたこと」です。
舞台は戻りまして、旧市街側の九夜山付近にある喫茶店「セピア」。
大正浪漫を感じさせる内装の、この古き良き喫茶店で、どうやら「猫の日」展覧会なるものが開催されるようです。
展覧会は一階にある喫茶スペースで行われ、皆さまは、猫をモチーフにした手作りの品々を出展することができます。
ちょっとした小物から絵画、はたまた、アクセサリーまで、出展できる作品は様々です。
もちろん、お客さんとして、飾られた作品を眺めながら、優雅なティータイムと洒落こむこともできます。
気に入った作品などがあれば、ご購入していただくことも可能です。
出展者さんでしたら、売りたい商品をコメントページに書きこんでおけば、誰かが買ってくれるかもしれませんね。
また、展覧会での限定メニューを考えて、お客さんに振る舞いたいと希望されるようでしたら、鎮目 悠弥は快く厨房を貸してくれるでしょうし、薬葉 依菜里もまた、小さいながらに精いっぱい手伝ってくれるでしょう。
寝子島で迎える「猫の日」を、猫だらけの空間で過ごしてはみませんか?
それでは、喫茶店「セピア」にて、皆々さまのご来店をお待ちしております。
【登場人物】
※鎮目 悠弥(しずめ ゆうや) …… 29歳
ややつり目がちで表情にとぼしいため、誤解されやすいですが、マイペースで心優しい男性です。
数年前、寝子島へと移り住んできました。
現在は喫茶店「セピア」にて、住みこみで雇われ店長兼売れない作家をしています。
作家として活動しているときは、「硯 いろは(すずり いろは)」という筆名を使っており、子どもに夢を与えるような児童文学を好んで書いています。
「硯 いろは」名義の個人サイトでは、寝子島での生活や、お店でのことをエッセイとして綴っているようです。
※薬葉 依菜里(くすは いなり) …… 8歳
寝子島小学校二年一組に通う、明るく元気いっぱいな女の子です。
悠弥を雇った喫茶店「セピア」のオーナー、その孫に当たります。
好きなものは、悠弥が作る和風パフェですが、基本的に甘いものには目がないようです。