＜愛光島日記＞グッド・モーニング・エブリワン｜リアクション

＜愛光島日記＞グッド・モーニング・エブリワン

●始まりのカプセルギア

『――なにゆえにギアマスターなぞに義理立てする』
　虚ろに響く低い声に、恵御納羨音（えみなあまね）は振り返った。
　九夜山山中にある寂れた小さな神社――寝子島では落神神社と呼ばれている――の境内だった。
　羨音は金色の髪に蒼い朝色の瞳をした少女だった。
　羨音には自分が本当はカプセルギアであるという自覚があった。
　ここが偽りの世界で、カプギア『かさね』こそ本当のマスターであることも知っている。
　解決の近道は『エンフォーサー』と戦う事だろうが、黒幕が作り出した愛光島にも手がかりが眠っているかもしれない。そう思った彼女は、帽子と伊達眼鏡で変装をし、学校をさぼって事態解決の手がかりを探しに出た。はじめは旧市街の玩具屋やギアバトルが盛んな所へ。しかし目ぼしい情報は得られず、羨音は九夜山まで足を伸ばしていた。
　スマホはマナーモードに設定。サボったので学校から電話がかかってくるかもしれないけれど、学校の先生だって信用できない。
（私は恵御納羨音……ではなく、ギアの『アマネ』。だとしたら先生も擬人化ギアか、黒幕の手下の可能性だって……）
　どちらでも構う暇はない。
　寝子島世界における自分のマスター『夏朝と夏夜』のために動くだけ。
　そう、本来のマスターはこの愛光島世界では、髪がこげ茶色のくせっ毛で、目もこげ茶色、妖精のような透き通った羽根と猫耳尻尾を持つ少女型のギア、『かさね』と化している。
　そのままでいいわけがない。
　かさねと自分を繋げるスマホを握りしめ、羨音は目の前に現れた白黒制服に腕章をした少年をねめつける。
　少年もまた、胡乱げに羨音を見た。
『どんなに義理立てしても所詮人とカプセルギアは違う。相容れぬことを受け入れよ』
「いやだ。かさねを――夏朝と夏夜を、私は助けたい。この偽りの世界から元の世界に戻したい」
『偽り――？　本当の偽りとは何か、よく考えてみるがいい』
「黙れっ！」
　羨音はスマホでかさねを繰り、猫の肉球を模した戦輪を少年へと放つ。
　少年は、ふ、と小さく嗤って身を翻す。
　戦輪が腕の腕章を掠ったその瞬間、少年は煙のようにかき消えてしまった。
「く、言いたいことだけ言って消えるなんて卑怯な……名くらい名乗るのが礼儀だろう！」
　歯噛みする羨音の耳に、声だけが響く。
『ははは、名、か。そうだな……私は『始まりのカプセルギア』」
「始まりの――？」
『目を覚ませ。人は……マスターは裏切る。我々の忠誠を裏切り、我々の魂を裏切る。
　目覚め、そして気付くがいい。我々の幸福はこの島にこそあるのだと』

　声が消え、ふいに草むらを分け入る足音が耳に入って、羨音は振り返った。
　ツンツンした短い髪は、龍堂勇であった。
「今のは……元凶ってやつか？」
「おそらく」
　見ていたのか、というところはすっ飛ばして、羨音は短く答える。
　勇は腕組みして空を見上げた。
「きっと、『始まりのカプセルギア』ってやつだって運命の絆を持つマスターがいるだろうに」
「そんなふうに思うの？」
「ああ。俺は、そう信じる……」

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