＜愛光島日記＞グッド・モーニング・エブリワン｜リアクション

＜愛光島日記＞グッド・モーニング・エブリワン

●蒼凪ミオの日常

　ピッ、ピッ、ピッ。
　午前6時。スマホのアラーム音が鳴る。
　蒼凪ミオ（あおなぎみお）は布団の中でううん、とくぐもった声をあげた。
　細い腕だけを布団から突き出して、徐々に早くなる電子音を手探りで止める。
　手にスマホを握った格好のまま固まって３分。
　ミオはゆっくりと伸びをして、布団の中から這い出して来る。
「ふあ～あ！」
　盛大にあくびしながらベッドから降りてカーテンを開けると、朝日が瞼を明るく貫いた。
　思わず目を閉じ、それからもう一度目を開いて深呼吸をする。
　夕べは雨が降ったのだろうか。水と朝の匂いがする。
「……今日は何かあったような気がするけど……なんだろ？」
　寝癖のついた蒼い髪を撫でながらしばし記憶を手繰ったが、思い出せない。思い出せないくらいならきっとたいしたことではないのだろうと、寝ぼけ眼のままクローゼットから愛高の制服を取り出し、それを抱えて一階のバスルームへ向った。
　蛇口をひねる。はじめは温めのお湯を体に浴びせ、徐々に温度をあげてゆく。
　３０分ほどかけてシャワーを浴びると、心地良く覚醒している自分がいた。
「ふぅ、さっぱり！」
　身体を拭き、ドライヤーで髪を乾かしてセットすると、制服を身に着ける。
　その頃にはテーブルに朝食──ベーコンエッグとトースト、トマトサラダにミルク多めのコーヒー──が並んでいるのも日常の風景だ。
　ベーコンはカリカリだし、卵は半熟とろりでいつもながら美味しそう。
　いただきます、と手を合わせて、ミオはそれらを残さず平らげる。
　するとキッチンに立つ母親が声をかけてくる。
「今日の予定は？」
「んーいつも通りかな」
　それから歯を磨き、部屋に戻ってカバンの中身をチェック。大丈夫。忘れ物はない。

　7時40分。
「いってきまーす」
　ミオはいつものように自宅を出る。
　愛高まで徒歩で20分。通いなれた道の朝の景色。
　今朝は――少しだけいつもと違う気がする。
　街路樹の葉についた雨粒がキラキラと輝い、いつもより煌めいてみえる。
　同じクラスの子と合流するのはいつもの曲がり角。
「おはよう、ミオ」
「おはよう。ね、昨日のドラマ見た？」
「見た見た！」
　そんなふうに適当におしゃべりしながら学校までの道を行く。
　うん。やっぱりいつも通り。でも何か……違和感がある。
　ミオがほんの少しそう思ったとき、同級生が首をかしげてミオの蒼い瞳を覗き込んできた。
「ミオ、今日日直じゃなかった？」
「……げっ、しまった！」
　そうだ、ずっと何かを忘れている気がしていた。これだ！
「……きょう日直で、教室の鍵を開けなきゃならないの忘れてた」
　ミオは慌てて走り出した。
　結局、先生に頼まれていた時間を過ぎてしまって、翌日も日直をする羽目になったのだが、それもまた蒼凪ミオという少女の日常である。

　たとえその日常が、かりそめのものだともしても――。

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