弁天猫の有難迷惑なご利益｜リアクション

弁天猫の有難迷惑なご利益

　　　５

　気が付けば、まゆらの周りには子供たちが集まっていた。一緒になって「魔法少女ミスティックアリア」を歌い、踊る。上手い子もいれば、もうちょっと頑張れ、と言いたくなるような子もいる。
　だがみんな、楽しそうだ。それでいい。
　気がつくと、商店街全体に「魔法少女ミスティックアリア」の主題歌が流れていた。自分の耳にだけなのか、それともみんなに聴こえているのか、まゆらは少しの間、判断できなかった。
「みんな！　一緒に歌おっか！」
　まゆらはマフラーを振り回しながら、声をかけた。子供たちがそれに応え、笑いながら歌い出す。
　瀬莉が巧を引っ張ってきたのは、そのタイミングだ。
　巧はまゆらよりも背が高く、年もさほど変わらないが、実際よりもずっと幼く見えた。だからつい、
「ほら、そこの坊やも泣いてばかりいないで、お姉ちゃんと踊ろっか？」
と、声をかけてしまっていた。
　瀬莉が巧の両手を握り、ぶんぶん振り回す。だが、巧はハラハラと涙を流し続けている。
　うーん、と瀬莉は考え込み、こっち、と巧を道の端に引っ張っていった。そしてポケットから出したチョコレートを割り、半分を巧に渡した。
「美味しいよ？」
　巧はもそもそとチョコを齧った。そして、ぽつりぽつりと話し始めた。
　寝子島に来る前、苛められて引きこもっていたこと、この島で色んな経験をしたこと、今でも他人は苦手だが友達が出来たこと、あと一年で高校を卒業すること。――そして、島を出なければならないこと。それが、親との約束だから。
　この島に来たときは、三年後なんてずっと先だと思っていた。それがたった一年、あとたった一年しかないと、気が付いた。
　怖くて悲しくて、どうしても涙が止まらない。
　瀬莉は、うんうん、と聞いていた。
　話し合えた巧の顔を覗き込み、「大丈夫」と瀬莉は言った。
「きっと、何とかなるよ」
　だって、と続ける。
「ここは神様の島――寝子島なんだから」

　白木造りの小さな社の横で、美野梨はその様子を眺めていた。
　観音開きの扉は開け放たれており、小さな石像がちょこんと鎮座している。その周囲にはお賽銭や杯、お菓子などが置かれていた。
　そして杯の中は、空だ。
「――思うに」
　美野梨は、両手の指を口元で合わせた。
「杯が最初から空だったとは思えないわ。商店街の人が毎日確認するだろうから、これは今日の分。朝一番のお供えだとしても、蒸発するには早すぎる。入っていたのは、――お酒ね」
　手の平で仰いで匂いを嗅ぎ、美野梨は頷いた。
「参拝者が飲むわけもないから、飲んだのは弁天猫様ね」

――そうよぉ。これ、美味しいわぁ。

　とろりとした、そんな声が聞こえた気がする。

「酔っていらっしゃいますね」

――いやねぇ。酔ってないわよぉ。ちょっといい気分なだけぇ。

「楽しそうですね」

――みんなも楽しいでしょぉ？　「楽しい」のお裾分け！

　これは確実に酔っている。多分、話しても無駄だろう、と美野梨は思った。
　酔った弁天猫は楽しくなって、周りにもその楽しさを分けたくなったらしい。そこで、音楽をばら撒いた。
　問題は「楽しい」どころか「悲しい」気分になった者がいることだが、どうやら人間の感情を揺さぶったり、身体的に何かしらの影響を与える音楽だったらしい。
　その辺を質問しても、まともな答えが返ってくるとは思えないが。
「……まあ、酔いが醒めれば元に戻るでしょう」
　正気に戻ったとたん、気恥ずかしい思いをする人間がいそうだが、そこはそれ、寝子島なのだから仕方がない。諦めるしかない。
「以上、証明終了です」
　美野梨は呟き、傍らの夏朝に視線を落とした。
　夏朝は、実に気持ちよさそうに転寝している。――それはまるで、猫のようだった。

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あとがき

担当マスター：泉楽
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お待たせしました。「弁天猫の有難迷惑なご利益」リアクションをお届けします。
人数が少ないこともあり、それぞれにある程度ページを割くことが出来ました。
今回は弁天猫のみでしたが、七福猫それぞれ、何かしらトラブルがあったんじゃないかなあ、という気もします。そのうち、それも書けたらいいなあと思っています。
巧の問題点も分かった今回。卒業までに、解決できるのでしょうか…？

それでは、また！

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