寝子島には七福神ならぬ、
七福猫というものがあります。
違いは人の姿ではなく、猫であること。そして時々、話しかけてくること。
七体揃ったのがつい最近のため、知る人ぞ知る、といったスポットです。
そこで住人たちは考えました。猫の七福神があるとなれば、きっと人気が出るだろう。そして七福神といえば、正月。これを機会に宣伝しよう、と。
あいにく神社仏閣ではないため御朱印はありませんが、近くにそれぞれの
七福猫を模したスタンプを置き、観光客に回ってもらうことにしたのでした。
東門 巧はその日、参道商店街にやってきていました。
目的は、ハンバーガーを食べること。下宿の大家さんが作ってくれたおせち料理は非常に美味しかったのですが、さすがに続くと飽きてしまいます。そこで、昼食は友達と食べると嘘をついて出てきたのでした。
表参道にしたのは、大家の城之内 小百合(じょうのうち・さゆり)さんが
弁天猫のスタンプを貰ってきてほしいと言ったからです。
「地元民だから、恥ずかしくて……」
という小百合さんのために、巧は快く――ちょっと面倒だけど、ついでだしと思って――引き受けました。
弁天猫は手のひらサイズの石像です。表参道商店街の一角に作られた、小さな白木造りの社に鎮座しています。正月なので、観音開きの扉は開け放たれており、お供えのお酒やお賽銭が置いてありました。
「……何事?」
近くまでやってきた巧は、足を止めて呟きました。そのまま、ぽかんと口を開けたままです。
お社の近くには、多くの人が集まっていました。それは分かります。分かりますが、
「うおぉぉぉぉ! 俺はやるぜ俺はやるぜ俺はやるぜー!」
「やーだっ、もうっ! 笑わせないでよ! あははははは!」
「誰か……誰か、僕の心の隙間を埋めてくれ……」
なぜだか、走ったり笑い転げたりため息をついたりと、奇異な行動を取る人が目立つのです。それを遠巻きにする人々も多数。
わけが分からずそれを眺めていた巧の耳に、しんみりとした
音楽が聴こえてきました。
それを聴いているうち、なぜだか分かりませんが、巧は悲しくて悲しくてたまらなくなりました。
両目からぼろぼろと涙が零れます。
周囲の注目を浴びているのも分かりますが、そんなことは気にならないぐらい、とにかく悲しくて、巧はおいおいと泣き続けるのでした。
現実世界では梅雨ですが、寝子島は正月のようです。
正月っぽく、七福神ならぬ七福猫巡りはどうでしょうか?
寝子島内にある七福猫を訪れる、スタンプラリーです。
各地域の住人が協力して行っているイベントで、最近少しずつ人気が出てきたようです。
<七福猫像一覧>
・恵比寿猫:寝子島駅前。烏帽子をかぶり、魚を抱えた、でぶっとした猫の像
・弁天猫 :参道商店街の一角。琵琶を抱えた麗しいアルカイックスマイルの手のひらサイズの猫の像
・布袋猫 :シーサイドアウトレット近く。大きな袋を背負い、朗らかに笑っているでぶっとした猫の像
・大黒猫 :寝子島漁港の近く。米俵の座布団に乗り、烏帽子をかぶった猫の像
・寿老猫 :星ヶ丘霊園の裏手。桃を持ち、鹿を連れた、幸せそうに眼を細めて微笑む猫の像
・毘沙門猫:寝子島スポーツセンターの武道場。甲冑を着込み、槍と宝塔を携えた猫の像
・福禄寿猫:九夜山頂上展望台。杖をつき、巻物を持ち、優しく微笑む猫の像
皆さんも七福猫像を巡り、スタンプラリーを楽しんでください。
なおこのところ、弁天猫に関連する奇妙な現象が起こっているようです。
七福猫の中の一つ、表参道商店街にある弁天猫様は、音楽好きの神様です。
ところがこの正月、お参りに来た人々――おそらく、もれいび――の耳に、突然、音楽が聴こえてきました。
そしてその音楽を聴いた人々が、皆、奇妙な行動を取り始めたのです。
激しい音楽や情熱的な音楽なら、やる気がみなぎり勇気が湧いてくる。
悲しい音楽なら、気分が落ち込んだり、人肌恋しくなってしまう。
陽気で楽しい音楽なら、いやな気分が吹き飛び、前向きな意欲が湧いてくる等々。
この流れに乗って、様々な行動を取るもよし。
友達の相談に乗ったり、暴走を止めるもよし。
原因を突き止め、解決に奔走もするもよし。
今年も寝子島は、トラブルがいっぱいのようです。